ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

悪者は借りるが返さず、正しい者は情け深くて人に施す

 今度の東日本大震災は想像を絶するほどの被害をもたらしました。そのうち地震とそれに伴った津波は「天災」として諦めがつくでしょうし、かつてないほどの長期にわたるでしょうが、復興は持続的支援があれば可能でしょう。
 しかし東京電力福島原発破損による災害は、既に多くの方々が指摘しているように、明らかに「人災」です。それに対して東電は何の言い訳も出来ない筈です。ところがこのブログでも書いた事がありますが、東電はその人災により甚大な被害を被った人々へ身銭を切った損害賠償をしようという気持ちが全くありません。社長は主要な被災地に出向いて頭を下げていますが、無一文となった被災者からその事を問い質されると、庶民には到底手の及ばない給与をもらいながら、その半額を割いてでも賠償する事は「厳しい、厳しい」と言って、言い逃れをしようとしています。しかも賠償額の上限を政府に求めるなど女々しい態度で、自分たちの保身を図ろうとしています。
 その点に関してだけは政府としても世論を考慮しつつ反対の態度を貫いているように見えました。しかし役人上がりの多い幹部たちはしぶとく粘り、遂に政府からの援助を引き出してしまいました。
 5月13日の朝日新聞オピニオンコラムでは、ドイツの社会学ウルリッヒ・ベックミュンヘン大学教授へのインタヴューがされていました。その全てが尤もな事と感心して読みましたが、一つ目を留めた文章がありました。それは東電の補償問題に関連してですが、かつてのバブル崩壊時の国による銀行の救済を喚起させる形での発言でした。「問題がおきて、その負担を国や市民に回すのなら、それは資本主義ではありません。同じ議論は金融システムについても言われました。巨大銀行は危機に備えなければならなかったのに、そうしなかった・そして国がその後始末に乗り出した。これはまるで社会主義国家社会主義です」。
 この国家社会主義という言葉はあまり馴染みがありませんが、ベック教授なら戦前ドイツのナチの思想と関連付けて使用されるこの言葉がすぐに浮かんで来る事です。実際ここでは、一企業としての東電がたとえ倒産の憂き目に会うとしても、その賠償の全てを負わなければならないに、国がその相当額を引き受けて、つけを我々国民一人一人に回すという事です。バブル崩壊時の銀行救済策は、信じられないほどで、国に対する大きな不信感を抱かせたものですが、今度はそれを東電にも適用しようという事です。東日本の被災者たちと共に、怒りを共有したいものです。
 聖書に次のようなみことばがあります。
 「あなたは人と誓約をしてはならない。他人の負債の保証人となってはならない」(箴言22:6)。
 国は市民のあずかり知らないところで、東電と誓約し、東電の負債の保証人となってしまいました。
 「悪者は、借りるが返さない。正しい者は、情け深くて人に施す」(詩37:21)。
 ここで悪者とは当然東電の事です。まだ始まったばかりで長く凝視する必要がある問題ですが、東電は国から負債の相当部分を借りて賠償に回しても、決してその分を返さないでしょう。もし東電幹部が正しい良心を持った誠実な人々の集まりであるなら、その財産を投げ打ってでも被災者たちに施すはずです。
 電力料金、停電など私たち国民全てに影響のある事がこれから先続くわけですから、心して東電の対応を見守りましょう。