ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

戦国と宗教

 「強くあれ。雄々しくあれ。彼らを恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、【主】ご自身が、あなたとともに進まれるからだ。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない」(申命31:6)。
 図書館で神田千里著『戦国と宗教』を借りて読みました。宗派に属する私も、いろいろ考えさせられました。

 戦国時代の大名と言えば、およそ神仏に対する信仰など持っていなかった(キリシタン大名は別。教科書には大友宗麟有馬晴信大村純忠の名が出て来ます)と思われますが、そうではなく、「どの国の戦国大名も、他国の大名や武士との、あるいは国内の敵対者との戦いに際して神仏に戦勝祈願を行っていた…戦の勝敗が…『人間の力を超えた摂理によると考えていたからである』」と、この本の冒頭にありました。摂理という難しい言葉が出て来ましたが、これは専らキリスト教で使う言葉で、ネットでは「世界のすべてを導き治める神の意志・恩恵」と簡潔に記されていました。そうした超自然的な神仏の存在を、大名たちは直感で信じていたのでしょうか?それとも聖書や諸々の経典を読んで、そう信じたのでしょうか?
 また「神仏の意に叶うには道徳に適った行為や篤信が必要だと思われていた」と書かれていました。その理由としては「戦争は大名個人だけで行うものではない。上は大名から重臣から、下は一兵卒に至る、多くの人々の軍事的結束による行為であり、死に直面した庶民の心性を考慮することなく遂行できるものではない」からです。なるほどと思いました。
 しかしこれは典型的な行いによる信仰で、冒頭の聖句に出て来るイスラエルも、主の命じられた事を全て守り行う事で、「義」とされる事を信じていました。戦国大名イスラエルは共通していました。
 例えば仏教に出てくる護法神としての「摩利支天=まりしてん」は、金沢にあるその筋のサイトを見ると、「摩利支天を念ずれば、その人は他人から見られ知られることなく、捉え害されることなく、だまし罰せられることなく、自らの希求するところをすみやかに成就できると言われています」とありました。出陣の時に「オ ン マ リ シ エ イ ソ ワ カ」と唱える事で、敵に勝つ事が出来るという信仰だったそうですが、イスラエルも「私と、私といっしょにいる者がみな、角笛を吹いたなら、あなたがたもまた、全陣営の回りで角笛を吹き鳴らし、『【主】のためだ。ギデオンのためだ』と言わなければならない」と言った例があります。
 その為に戦死を免れた武将もいますし、そうでなかった武将もいます。イスラエルも同じで、功という行いによる信仰は、新約時代イエス・キリストが地上に来られてからは廃棄されました。「もしアブラハムが行いによって義と認められたのなら、彼は誇ることができます。しかし、神の御前では、そうではありません」(ローマ4:2)。「人は律法の行いによっては義と認められず、ただキリスト・イエスを信じる信仰によって義と認められる」(ガラテヤ2:16)。
 この本では第4章で「キリシタン大名の誕生」と題して、大友宗麟有馬晴信大村純忠らの信仰について、丹念に資料を調べ解説しています。
 1549年のローマ・カトリック教会フランシスコ・ザビエルの来日以来、イエズス会による精力的な布教活動があった事は良く知られています。私の属するバプテストやプロテスタントの活動は、明治に入ってからです。
 この時期イエズス会宣教師は大名たちに対して結構厳しい見方をしていた事が分かります。「日本在来の神仏を悪魔として排除し、それへの信仰を異教として撲滅を期することを大原則としていた」と神田氏は書いています。この排他的な勧めで、日本人の反感を引き起こしていたのは確かでしょう。これでは大名も家臣も相当びびってしまった筈です。私たちは神から頂いた知恵を用いて宣教します。聖書を使用し、信仰の一点で教えをしますが、神仏への信仰を攻撃したりしません。信仰はあくまで個人的なレベルのものだからです。
 また神田氏は、1587年豊臣秀吉が発令した伴天連追放令とは、そうした原則を掲げる宣教師たちへの追放令であり、「一般的にキリスト教を信じるか否かは個人の自由であること、ただし信仰の強制は不法であること」と記しています。この秀吉の考え方は私たちバプテストに共通するものです。強制された信仰なんて、何の益もありません。
 一方織田信長については、神田氏は『信長公記』などの資料を細かく調べ、キリスト教に対して、決して好意的ではなかったと推測しています。
 秀吉がキリスト教そのものに対して相当寛容であった事を知りました。これは私にとって収穫でした。江戸時代の1614年、徳川家康が出した禁教令とは同一視出来ないそうです。
 戦国時代の武将の宗教観、神田氏はいろいろな資料を駆使し斬新な武将像を描いており、大変面白かったです。