ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

ゴッホの種蒔く人、ミレーの種蒔く人

 朝日新聞の10月27日夕刊にゴッホの「種まく人」の大きな絵画が載っていました。ミレーのあまりにも有名な「種まく人」の絵画を知っている私は、一瞬あれと思いました。ゴッホも同じ作品を描いていたのかと。

 今年は彼の没後120年に当たるそうで、その展覧会が東京の国立新美術館で開催されており、その宣伝の為に取り上げたのでしょう。
 ゴッホは1853年にオランダで生まれましたが、祖父、父共に牧師だったとウイキペディアにあります。だいたいそういう家庭の子どもは聖書によると素直に親に従い、自分も後継者になるか、親の生き方(概して貧しいです)に反発して放蕩な息子になるかのどちらかという事になっています。「性格は激しく、家族を含め、他人との交流に難を抱えていた」とあるので、おそらく一家の主としての父親は「父たちよ。あなたがたも、子どもをおこらせてはいけません。かえって、主の教育と訓戒によって育てなさい」(エペソ6:4)というみことばの教えに失敗したのではないかと推測しています。
 しかし種は蒔かれているわけですから、ゴッホも一時は牧師を目指したそうです。しかし「あまりにみすぼらしい有様が牧師らしくないと言われ、1879年に伝道師の仮免許を剥奪され」たとあります。これは酷な事です。私だって20年ほど前の大阪時代、よく献金してくれた兄弟がいて、初めて洋服をオーダーで買った事がありますが、現在はリサイクルショップで見つけたものを愛用しています。
 ゴッホはその仕打ちで画家に転向したそうです。しかしその後の生活は順調ではなく、朝日の記事ではゴーギャンとの共同生活の後、精神に異常をきたし、病院に入院、37歳の時パリ郊外で自分の腹をピストルで撃って自殺したそうです。
 そうした経歴を参照にしながら、この「種蒔く人」を鑑賞しました。画の左上は巨大な太陽を思わせる黄色の円、右半分は大きな木とその枝が描かれ、左下に種蒔く人がいます。しかしその顔には目鼻が描かれていません。私にはどうもピンとこない作品です。
 これが彼の師とも仰ぐミレーの場合ですと、全く写実的で分かりやすいです。ルツ記からヒントを得て書いた落穂拾い、敬虔なクリスチャンの祈りを描いた晩鐘、主イエス・キリストの譬えに出て来る種蒔く人、女性ではありますが、牧者を描いた羊飼いの少女、いずれも立派に聖書の記事を補完しています。農民画家として、また信徒としての生涯を全うしたのではないかと思います。
 このゴッホの生涯と絵画はどうしても私には感心出来ません。ドイツの有名な哲学者ニーチェも牧師の家庭で生まれながら、信仰を捨て「神は死んだ」と宣言し、晩年精神病を患い肺炎で死にました。私たち信徒の敵ニーチェに、どうしてもこのゴッホがオーバーラップしてしまいます。