軍を掌握しなかなか退陣しないエジプト大統領と聖書例
エジプトを約30年強権統治して来たムバラク大統領の政策に反対する民衆の激しい暴動が続いています。
既に次期大統領選挙に出馬しない事を表明しているムバラクですが、強気の姿勢を崩さずにいるのは、要の軍を掌握しているという認識があるからです。
民衆の過激なデモが生じた背景には、大統領が進めた経済自由化政策があると言われています。それは日本を始め世界中で起きている貧富の差を拡大し、特に若者たちの失業率を高めています。その不満が鬱積し爆発したものと見られます。
平家物語の冒頭に「祗園精舎の鐘の声、 諸行無常の響きあり。 娑羅双樹の花の色、 盛者必衰の理をあらはす。 おごれる人も久しからず、 唯春の夜の夢のごとし。 たけき者も遂にはほろびぬ、 偏に風の前の塵に同じ」という有名な言葉がありますが、奢れる盛者ムバラクもここに来てまさに風前のともし火といったところでしょうか。
聖書にもそれらしき人物がいます。特にサムエル第一の書に登場するサウル王などは典型ではないでしょうか。
彼はイスラエル最初の王になる前は、裕福な家庭の子でしかも美男子、背の高い人でした。今日に適用すると美男子で恰好の良い=「イケメン」といったところだったでしょうか。
彼は初代王になる為に強権を発動したわけではありません。むしろイスラエルの全家に乞われて王になった感じです。当時30歳、そして40年間統治しました。
けれども彼は主がモーセに与えられた律法を遵守するような性格ではなかったので、のっけから失敗をしてしまいました。ペリシテ人との緒戦で大敗した時、明らかに律法違反をし、「万軍の」主は彼から離れて行かれます。
しかしサウルはなおもペリシテ人を追撃しました。その頃から彼は自己の率いる軍隊に対して支配力を強化しました。「夕方、私が敵に復讐するまで、食物を食べる者はのろわれる」(サムエル第一14:24)。これはエネルギーを要する敵との戦いでは大いなるマイナス効果をもたらしました。戦前のインパール作戦で兵士たちを多く餓死させた牟田口廉也陸軍中将のような性格に変心していたのです。
ですからそこから律法違反の連鎖が始まりました。彼は主から離れて強権政治に向かいました。その頃から民の心は少しずつサウルから離れていったのではないかと推測します。
そうした情勢下で二代目の王となるダビデ少年が登場します。以後サウルの敵は外部というよりダビデが対象となり、サウルは彼を執拗に狙いました。そしてムバラクのように、その支配者としての地位を維持しようとしたのです。
でも彼がダビデ打倒の為に力を消耗していた時、陣営を立て直していた敵ペリシテ軍の前に破れ、彼は亡くなりました。平家物語のように「遂に滅びた」のです。
それでは今民衆の反感を買っているムバラクは一体どうなるのでしょうか。サウルや牟田口のような愚将として一生を終えるのでしょうか。エジプト情勢に注目したいと思います。