ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

加藤典洋著『何でも僕に訊いてくれ』を読んで

 震災関係の本の紹介から最近加藤さんが書いたものをと思って、図書館の予約状況を見たら一杯だったので、ちょっと上記の変わった題のものを借りて読みました。著者あとがきにあるように、「著書としては少し恥ずかしい」とありました。中身を見ると結構難しい質問があって、加藤さんとしてもはっきり答えていない箇所が散見されます。全知全能の神からすれば「尊大」だと言われそうです。ちなみに加藤さんは私たちの世代としては極めて鋭利な方だと思っています。
 実際加藤さんはこの本の中で結構聖書から引用していますので、そこら辺を批判的に考えてみる事にしました。
 第一の質問:「負の感情(*憎しみ、怒り、復讐心…)への対処法とは」。これに対する加藤さんの答えは的を射ていません。最後部分で「変な宗教に走らないことです」とありました。たぶん加藤さんの心のうちには、それに「キリスト教」が入っていないと思います。このまともな答えは人間的に見れば私たちでも不可能だと思います。でも聖書には「愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。『復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる』」、「無慈悲、憤り、怒り、叫び、そしりなどを、いっさいの悪意とともに、みな捨て去りなさい」(エペソ4:31)などとあります。それが実行出来る為には、信徒であっても神の第二位格である「聖霊」の強い働きと祈りによらなければなりません。この質問に対する答えは全て聖書にあります。加藤さん以外のどんな未信徒でも、人間的な思いで解決する事は出来ません。
 第二の質問:「努力が報われないときの処し方は」。この答えで加藤さんはイエス・キリストの荒野での試練を引用しています。その主要な目的は人のかたちをとって来られたキリストには私たちと同様試練が定まっており、それに打ち克ち罪を犯さない為には、聖書のみことばによらなければ不可能という事を自ら示す為でした。だからここで加藤さんが「その後、悟りを得ないで、戻ってきて、何もなかったかのように再び生活をはじめる…それもよかったのではないだろうか」と言っているのは愚答です。そして努力が報われるかどうかは五分五分だと言っていますが、聖書でも努め励む事の大切さを否定していません。しかしそれは往々にして人間個人の力に頼ってという事になり、失敗だってあるでしょう(信徒も同じ)。でもその努力の限界をわきまえ、主なる神にすべて委ねるなら、「神にとって不可能なことは一つもありません」(ルカ1:37)から、主が事を成就させて下さり、信徒に報い、未信徒に雨を降らせて下さいます。
 第三の質問:「結婚という制度が持つよい点とは」。加藤さんはここで結婚制度で子どもを考えた時、それを前向きに考えています。しかしその展開の中で間違いがあります。「そもそも個人と個人の結びつきというよりは、共同体と共同体との結びつきの具として、制度化してきた」と言っていますが、たぶんレヴィー・ストロースの影響でしょう。しかし聖書は「創造の初めから、神は、人を男と女に造られたのです」(マルコ10:6)、「それゆえ、男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである」(創世2:24)と言っており、ふたりを祝福して「生めよ。ふえよ。地を満たせ」(創世1:28)と命じられたのです。共同体の繋がりの具として結婚制度が発達したのではありません。
 第四の質問:「喧嘩をした相手にあやまりたいときは?」。加藤さんは「われわれは卑小な人間ですので、喧嘩をしますし、相手に対し、こちらからもあやまりたいのだが、感情が邪魔してなかなか言い出せないことがあります」と言っています。結局特効薬はないとの結論です。でもその箇所で加藤さんは「十字架にかかった一人の若い男性のことを…思い浮かべるのでしょうか」とつぶやいています。これは勿論イエス・キリストの事です。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」(ルカ23:34)。イエスは父なる神にご自分と喧嘩したり、非難の言葉を浴びせた相手を赦すよう、執り成しの祈りをされました。そして喧嘩に限らず罪の行為全てをその身に負って十字架で死んで下さいました。人をなかなか赦せず、あやまれない自分の罪も全て十字架に釘付けされました。その為に神は私たちの全ての罪を赦されたのです。ですからそれを考えた時、例えば「互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい」(コロサイ3:13)という主のご命令は、信徒には実行可能ですし、未信徒の方でも出来ると思います。「あの時ツレナイな言葉であなたを傷つけてしまった。ごめんなさい」という言葉が、自然と出て来るようになります。
 他にもありますが、この本を読んで加藤さんに良い答えを期待するのは無理だという結論です。私でも無理です。ただ聖書の神だけが正しい答え、正しい処方箋を与えて下さいます。
*追記:これを書いた後加藤さんの近著『3・11死に神に突き飛ばされる』を読みました。文系として「自分には何もわかっていない」ことを足場に、脱原発の立場から、村上春樹氏、小出裕章氏らを援用しつつ、推進に転じた寺島実郎立花隆氏らを徹底的に批判しています。内容は分かりやすく真摯な本です。「鉄腕アトム(*原子という意味)」が原子力の平和利用の為に一役買ったなど、独特な展開もあって一読に値します。