ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

シュロの主日の祭りについて

 2012年4月2日のワシントン・タイムズに「エルサレムでは、クリスチャンたちがシュロの主日を迎えた」という題で記事が載っていました。
 「シュロの主日」の祭りは、今年の教会暦では復活祭(*主イエス・キリストの復活を記念する為の特別礼拝で、4月8日)に先立つ受難週の初日(4月1日)に行なわれる祭りです。カトリックプロテスタント共に行なっています。私の所属するバプテスト教会(*キリストが建て、使徒たちが受け継いだ初代エルサレムの教会に起源を有します)では、復活祭を主体にしており、特にこの日の祭りは行いません。
 ワシントン・タイムズでは、エルサレム聖墳墓教会エルサレム旧市街<東エルサレム>にある、キリストの墓とされる場所に建つ教会。ゴルゴタの丘はこの場所にあったとされる)で、カトリックの司祭がシュロの枝を掲げている写真が載っていました。ここでミサが行なわれ、礼拝者たちはローソクを灯し、シュロの枝を振ります。イスラエルの観光当局では125,000人の訪問客を予測していました。

 このシュロについてはヨハネ伝で記されています。
 「…祭りに来ていた大ぜいの人の群れは、イエスエルサレムに来ようとしておられると聞いて、しゅろの木の枝を取って、出迎えのために出て行った。そして大声で叫んだ。『ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。イスラエルの王に。』イエスは、ろばの子を見つけて、それに乗られた。それは次のように書かれているとおりであった。『恐れるな。シオンの娘。見よ。あなたの王が来られる。ろばの子に乗って。』」(ヨハネ12:12−15)。
 これを見ますと、イエスがろばの子に乗ってエルサレムに入城される時、群衆がしゅろの木の枝を持って、ユダヤ人の王が来られた!という事で歓迎し、「ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。イスラエルの王に」と叫んだ事が分かります。

 しかしこの時のイエスの凱旋は実際ユダヤ人の王として、新しい国を打ち建てる為ではありませんでした。当時ユダヤの地方はローマ帝国下の属州としての立場でしたから、民衆の期待は大きかったのです。ですから大ぜいのイスラエルの群れ(シオンの娘たち)は一斉に「ホサナ」と叫んだわけですが、これは旧約詩篇118:25にあるヘブル語ホシアー(=救って下さい)・ナー(=今)の音訳で、「どうか今救って下さい」という意味です。
 しかし彼らは大いに誤解しました。勿論信じる人々の心のうちに「神の国」は既に到来していますが、実際にはイエスはこれからイスラエル王国の樹立どころか、十字架に向かおうとしておられたのです。この意味で私たちのバプテスト教会は、この「シュロの主日」に特別な意義を見出していないわけです。*左図はhttp://blog.livedoor.jp/fujibap/archives/cat_25602.htmlからお借りしました。聖書の記述にほぼ合っています。
 しかしイエスは十字架で死んだ後復活し、今天の父なる神の右におられます。そして終わりの日に千年王国を樹立する為、この地上に来られます。その時「ホサナ」の祈りは完了し、真の意味で平和な時代が到来します。