ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

鬱状態の特徴と関連する脳のネットワーク活動

 2012年4月3日のサイエンスデイリサイトに上記の題で、米国の生物学的精神医学会誌に載った論文の紹介がありました。中国湖南省中南大学の研究者たちによるものです。
 それによりますと、特定の前向きでない思考や思い出について繰り返し考え込んでしまう、マイナス思考を反芻しがちな鬱状態の人は、健康な人に比べ、脳のネットワークの活性化で違ったパターンを示すそうです。負の思考を反芻する人、自伝的記憶(=人が生活の中で経験した,さまざまな出来事に関する記憶の総体)を、より広い意味で思い出す人(=過度に一般化された=概括化された記憶<大まかな記憶>という専門語が使われています)は、鬱状態に陥りやすいようです。
 例えば「拒否された」という簡単な言葉で、過去の特定の出来事を語ってもらうと、健康な人は「数週間前上司との会合を持ったけれど、私の考えは拒否された」と答えますが、鬱状態に陥りやすい人は「私の兄弟たちは、いつも私を差し置いて休日に出て行く事を話し合っている」といった曖昧な返事をします。後者は間違っています。それは特定の出来事ではありません。しかし何回か起きた事への言及となっています。過去の出来事を広く曖昧な形で思い出しているのです。そういう人は「幸せ」という言葉を示されると、過去に幸せだった事を思い出すものの、その幸せに寄与した特定の出来事、例えば親しい友人宅を訪問したとか、お気に入りのレストランに行ったという特定の出来事を思い出す事が出来ません。そうした人はプラスの事柄への反応の低下が生じています。物事への興味や関心が減退しています。
 こうした自己に関わる活動は、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)と呼ばれる脳の諸領域のネットワークに関与しています。
 DMNとは目標志向活動や課題達成活動の最中に鎮静化していて、安静休息時に活発な活動を行なう脳の領域を指しています。

ネットの情報から借りると、「脳は『目前の課題・目標のはっきりした仕事をガンガンこなす』ためのネットワークと共に、『自分を振り返ったり、反省したり、将来を思いやったりしながら自己のあり方を考える』ネットワークを持つ。この後者がDMNの働きであり、二つがバランスよく機能して初めて仕事と私生活・個人思想が成り立つ」とあります。DMNに於いて普通の人は取りとめのない思考をしながら、人生を考え、納得し我慢したり、方向転換したりしながら生きて行きます。
 以前の研究ではDMNは鬱状態の人の内で異常に活性化する事は分かっていました。
 今回の中南大学の比較対照群を設けての研究では、主として次の事が分かりました。分離のパターンが生じるという面白い現象です。即ち脳の前頭領域において連結性が増大すると、「鬱的反芻」とは肯定的な関係が生じ、後頭領域において連結性が減少すると、「過度に一般化された記憶」とは否定的な関係が生じるという事です。何ともややこしいですが、論文はそれ以上言及していないのでここまでにしておきます(スミマセン)。
 このデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)という言葉、まだ日本語になっていませんが、考えられるのは「初期設定形態の連結網」でしょうか?
 ならば神は人間創造の状態でこうしたDMNも備えられたという事です。働きと安息の均衡ある機能で、神の最初の創造の6日間と、7日目の安息が模範となります。そのDMNの異常な活性化が鬱的状態になります。神から離れた人はそうなりやすいのではないでしょうか?
 しかし聖書の偉大な信仰者でも試練で鬱状態になる事は明確に示されています。例えばあのヨブの試練です。神の御前に正しく積極的に歩んでいたヨブは、或る日、全身の悪性腫物で打たれる試練に会いました。さすがの彼も鬱状態になってしまったようです。
 「私には安らぎもなく、休みもなく、いこいもなく、心はかき乱されている」(ヨブ3:26)。
 私だって試練に負けてDMNの異常が生じる可能性があります。ですから主の祈り「私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください」が欠かせません。