ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

終着駅

 川本三郎さんによる東京の下町中心の旅の本を読んでいると、いろいろ面白い駅の事が書かれています。
 その中で「終着駅」に触れていた文がありました。昔と違い、今は東京など地下鉄が縦横に張り巡らされており、かつてそこが旅の終着駅だとされていた所がそうでなくなりました。
 例えば上野駅で言いますと、そこには京浜東北線や山手線が走り、上野は一つの通過する駅でしかありません。しかし例えば常磐線ですと上りの終点は上野、下りは法廷上宮城県岩沼駅が終点ですが、仙台まで行けます。今は東日本大震災で二箇所が分断され、復旧の目途は立っていません。他にも高崎線などが上野を最終の到着駅としています。下左図が上野の一番前の昇降口。

 東京駅も然り。中央本線の上りは東京が終点で、下りは何と名古屋駅なんですね。知りませんでした。その東京駅ですが、いまだ工事中で通行が制限されています。丸の内口から出て眺めると、全貌ではなくても、立派な昔のレンガ造りの駅が復元されているのが分かります。

 この終着駅の事を考えていたら、なぜか昔ヒットした奥村チヨの「終着駅」を思い出しました。「落ち葉の舞い散る 停車場は 悲しい女の吹きだまり だから今日もひとり 明日もひとり 涙を捨てに来る…」。しかしこれはあくまで自分のイメージを脱却する事を目指した曲との事で、人生の一つの区切りです。
 しかしそうでない人がいました。『故旧忘れ得べき』で作家としてデビューした高見順氏です。1965年に58歳の若さで、食道がんにて亡くなりました。その頃の事を綴った『死の淵より』という詩集は、今でも愛読書の1つですが、そこに「汽車は二度と来ない」という詩があります。「わずかばかりの黙りこくった客をぬぐい去るように全部乗せて 暗い汽車は出て行った…がらんとした夜のプラットホーム…なぜか私一人がそこにいる…汽車はもう二度と来ないのだ いくら待ってもむだなのだ 永久に来ないのだ それを私は知っている 知っていて立ち去れない 死を知っておく必要があるのだ…」。
 誰にも死という終着駅があります。汽車は一人一人をそこまで運んでくれます。そして出て行けば、生還の為の汽車はもう二度と戻ってきてくれません。そして人は必ず一人で死んで行きます。それを淋しい事として受け止めるか、天国への凱旋として進んで受け止めるかは、その人が生きて来た人生観にかかっています。メメント・モリ(=死を忘れないように)で、限りあるいのちの中、自分を造り育んで下さった神を覚えながら召されてゆく人は、多くの信徒に囲まれ、或いは祈りに覚えられ、惜しまれつつ召されて行きますが、再び見送る人々と会えるという希望があります。一方高見氏のように一人淋しく終着駅に立ち尽くしている人々もいるでしょう。やはり言える事は、生前どのような生き方をして来たかで、死も又そのようにして死んで行くしかありません。
 終着駅が例えば上野であるなら、そこには芸術の森として文化会館あり、パンダのいる動物園あり、憩いの場としての不忍池の池がありますし、東京であるなら、池袋や渋谷とはまた違った垢抜けた落ち着きを感じさせます。人生の終着駅もそのような安らぎがあったら素晴らしい。逆に深夜の岩沼・名古屋で終電もなくなり、誰にも惜しまれず、見送られずに、立ちすくんでしまったら、淋しいし悲しい。
 「祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるからだ」(伝道7:2)。
 喪中の家を人生の終着駅と考えれば、終点の上野・東京で一瞬立ち止まり、その事を考えて見るのは益だと思います。