医者の極度の疲労という蔓延する問題
2012年8月23日のニューヨークタイムズ電子版に、上記の題でカリフォルニア大学ロサンジェルス校のポーリン・W・チェン医師が、記事を書いていました。
チェン医師はハーヴァード大学とノースウエスタン大学を卒業し、エール大学などで外科医として研鑚を重ねて来ました。肝臓移植手術やがん切除術などが専門です。
チェン医師は、まず或る患者が肩の痛みを訴えて、近くのクリニックの年配の医者の所へ行ったところ誤診だった為、別の若い医者のクリニックに行って、悪性腫瘍の正しい診断をしてもらった例を持ち出しました。
その事をつらつら考えたチェン医師は、2つの結論に達したそうです。第一に年配の医師は典型的な極度の疲労(燃え尽き症候群)という症状があったという事実、第二にそうした年配の医師の医療ミスは、ごく一般的なものになりそうだという事です。
過去10年間の研究では、精神的な極度の疲労、無関心、成果に対する低い意識などが、医学生や訓練を受けている医者の間で蔓延している事が示されました。そしてそのうちの半数の人々は最初向上心に燃えていながら、結局その過程で極度の疲労に陥り、すぐ他人に対する同情心を失い、嘘や不正行為といった不正な振る舞いの誘惑に負けてしまいます。
一方十分訓練を受けた医師の場合でも、上記の医学生や訓練中の医師と同じように疲労しやすく脆弱です。
ですから医師はベテランであろうと、まだ「卵」のような立場であろうと、とにかく燃え尽きやすいという事になりました。念の為他の分野でバリバリ働いている3,500人の人々と比較しても、同じ結果でした。
その原因としては、働いた時間とか、個人生活と仕事の均衡をとる能力とかに関係なく、専門の技術で医の最前線に出て実践する事にあるようです。地域医療、緊急医療、一般内科に携わる医師たちの実に半数がそうなります。それが現代の医療制度下で暗い影を落としています。相当な数の医師が追い詰められています。時間の制約で患者との接触時間が少なく挫折し、保険業界の規則の変更で窮地に陥り、新しい医療機器の導入で古い記録が駄目になり失望するなど様々です。医師に励みとなるものが失われています。
患者が直面するのは、燃え尽きた医師の医療ミス、親身になってくれない事、モノのように扱われる事です。
そして医師は3千万を越える無保険者に対応しきれず、医療行為を離れて行きます。
チェン医師やメイヨー・クリニックのシャナフェルト博士も、何か大切な構造的変化が生じない限り、戦略を立てる余地はなさそうだと悲観的です。
それが米国の実情なら、日本とほぼ同じです。朝日9月24日の記事でも、勤務医の4割が過労死ラインにいるとありました。3,467人の医師アンケートでは、残業月80時間を越え、半数が疲労と睡眠不足で、ミス寸前(ヒヤリハット)を経験した医師は、実に85パーセントに上ります。
医師が患者を正しく診断出来なくなっています。まずは医師の休養、日本が誇ると言われる皆保険制度の抜本的改革が必要になると考えます。
聖書の時代、次のような譬がありました。
イエスは言われた。「きっとあなたがたは、『医者よ。自分を直せ』というたとえを引いて、カペナウムで行われたと聞いていることを、あなたの郷里のここでもしてくれ、と言うでしょう」(ルカ4:23)。
患者を治す為には、まず医師自身が健康でなければなりません。ここで民衆はカペナウムで奇跡を行なわれたイエス・キリストが、郷里でそれを行なわれなかった事を、ことわざを用いて非難しています。全能の医者キリストへの冒涜でした。
こうした過酷な状況が待ち受けているのに、よくも医学部に殺到する青白い秀才がゴマンといるものだと感心します。