ジェフリー・サックスの『世界を救う処方箋』
たぶん朝日の書評からだと思いますが、この本が紹介されていて図書館から借りて読みました。実はこの著者、SPYBOYさんのブログコメント(http://d.hatena.ne.jp/SPYBOY/mobile)で、あの『ショック・ドクトリン』の著者ナオミ・クラインから「金融機関の手先の極悪人」というレッテルが貼られていた事を知り、注意深く読みました。SPYBOYさん自身は、この本を前向きに評価しておられます。
そういうわけで、まずこの本の書評を参考にしました。すると邦訳の『世界を救う処方箋』という題自体が、「羊頭狗肉」(=見かけ倒し)であるとの松原隆一郎さんの指摘がありました。「少し世界の貧困国に処方箋を与えた高名な開発経済学者の新刊書だけに、途上国を扱うのかと勘違いしてしまう」事になります。実はそうではなく、原題の副題「アメリカの長所と繁栄を呼び起こす」からしても、『アメリカを救う処方箋』の書なのです。内容が充実していて題がおかしいのは、厳密には「羊頭狗肉」とは言いません。念の為。
この300ページに及ぶ書をどう評価するか、限られた紙面で述べるのは到底困難なので、幾つか付箋を置いた箇所を抜き書きしたいと思います。
コロンビア大学で教鞭をとる著者が、現在の米国に見たものは、至るところ病める症状があるという事で、その処方の為に「臨床経済学」という言葉を用いています。それは第一章に出て来ますが、次の第二章も飛ばして、第三章を見ますと、自由至上主義(リバタリアニズム)を掲げる少数の富裕な米国人が登場します。彼らの主張は「アメリカの統治は…自由市場の力と随意の民間契約によってなされるべきで…税金は最小限に抑えるべき」なのです。この税金の考え方が問題で、この本の至るところにも出て来ますが、その富裕層は自由が最優先されるので、税金は国家の要求を免れる権利を持つという主張をします。このリバタリアンの強欲が、民主主義をはなはだ損ない、その病弊を深めていますが、彼らはそんな事は少しも気にしていません。彼らがやっているのは「大規模なロビー活動」「宣伝攻勢」「莫大な選挙資金の調達」等々で、それが現実の政治的決議を左右しています。彼らは応分の負担をしないので、病気や飢えに苦しむ貧困層は固定されます。だからほとんどの富裕でない米国人は、富裕層が重い負担を引き受け、貧困層は救済されるべきだ、と著者は主張します。
第四章は「公共目的から手を引く政府」ですが、その典型として「レーガン革命」が登場しています。彼がやった最大の過ちは、「富裕層の最高限界税率を下げ」た事でした。1945年の時点で実に94パーセントにも達した税率は、レーガン時代28パーセントまで下げられました(*オバマ政権初期でも35パーセント)。そして「教育」「職業訓練」「雇用計画」等への支出が大幅に削減され、民営化の方向にシフトし、軍事費のみ突出しました。さらに大規模な金融規制を撤廃した為ウオール街は潤い、富裕層の所得が大幅に増加し、格差が拡大したのです。そうした一連の「革命」から、皮肉なことに、もはや政府は自力で「国家の問題を解決できなく」なりました。
第五章の「分裂した国家」では、南北戦争の敗者だった南部の文化的優位(*えせプロテスタントの拠点)、白人層の都市から郊外への移住と安全地帯の形成、共和党への支持といった事柄が取り上げられています。
第六章は「新しいグローバリゼーション」です。「情報」「通信」「輸送」が最重視され、各国との経済上の相互関係が依然よりもずっと密になりました。著者はこの深刻な影響を、政治家や研究者たちは軽視して来たと批判します。新興経済国が高度な技術を修め、米国など富裕な国々との所得格差を急速に縮めています。この競争により最終的には、全ての国が敗者となり、その中の労働者が最大の敗者となります。米国の特に低学歴の労働者が最大の被害者です。
第七章の「八百長試合」では、第三章でも触れた米国特有のロビー活動が取り上げられており、それによる「悪徳企業」が、金融、医療・製薬、運輸、農業関連産業に至るまで闊歩し、国民の支持は最低、極めて深刻な状況となっています。そうした企業は圧力団体を形成し、そのうち「軍産複合体」「ウオール街と議会の複合体」「石油大手=運輸=軍の複合体」「医療産業」が四大圧力団体となっています。医療産業では特に製薬会社が医薬品に途方もない高値をつけ、後発品を認めない傾向がある為、日本でも影響は極めて大きいです。こうした存在でオバマケアなどは惨憺たる状況に陥っています。かくて第六章に出て来るグローバリゼーションから、上位1パーセントの富裕層、そしてその次の大富豪が生まれ、固定してしまいました。
第八章では「注意散漫な社会』ですが、ここでは意外にも長時間のテレビ視聴が取り上げられています。広告業界の大規模な物量作戦で、喫煙、過食、ギャンブル、買い物、借金等が生み出され、視聴する貧しい庶民はますます惨めになって行きます。かくて若者たちの間では読書の時間が大幅に減り、基礎知識の崩壊、無知の蔓延が生じます。
そこで著者は第二部の「豊かさへの道」で、「臨床経済学」的な提案を数多く行っていますが、それらはこれまで見て来た事から「机上の空論」に終わりかねない状況です。著者はミレニアム世代のネットを駆使しての「フェイスブック」などによる連帯と行動を期待していますが。以上短い書評でした。
最後に聖書のみことばから。
「聞きなさい。金持ちたち。あなたがたの上に迫って来る悲惨を思って泣き叫びなさい。あなたがたの富は腐っており、あなたがたの着物は虫に食われており、あなたがたの金銀にはさびが来て、そのさびが、あなたがたを責める証言となり、あなたがたの肉を火のように食い尽くします。あなたがたは、終わりの日に財宝をたくわえました」(ヤコブ5:1−3)。