ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

本庶佑著『いのちとは何か』を読んでーその1

 本庶佑氏は分子生物学、特に免疫学の研究で世界にその名を知られています。京都大学・大学院を卒業し、現在は京都大学大学院医学研究科客員教授です。これまで数々の賞を受賞していますが、つい最近ではロベルト・コッホ賞を受賞しました。

 図書館で上記の本を借りて読みました。副題は「幸福・ゲノム・病」となっていて、それぞれについて10の章で論じられています。最後に物理学者の米沢富美子氏との対談がついています。文章は平易に書かれていますが、その内容は良く考える必要があると思いました。特に第十章において遺伝子組み換え植物(GMO)の活用を積極的に進めている点です。
 まず序章を見ますと、本庶教授がダーウイン信奉の進化論者である事が分かります。
 「生物学が生み出した思想で、社会的に最も大きなインパクトを与えたものは、『ダーウインの進化論』である。今日では、変異(変革)・競争・進化が地球上のすべての社会現象を眺めるうえでの、最も基本的な考え方となっている」。
 本庶教授のダーウイン進化論は、本書において頻繁に出て来ます。GMO推進の立場もここから引き出されていると推測します。
 ダーウインが1859年にこの本を出してから、150年経過しました。私たちが高校の生物学で習った進化論は、もうその時には定着しているものと見做されていました。
 しかし今日その思想の土台は揺らいでいると思います。それは私が聖書の創造論を信じているからという事だけでなく、人間社会において厳しい生存競争と、「最適者生存」(スペンサーが最初に持ち出した造語)という事が、信仰者でなくても疑問視されるようになって来たからではないでしょうか。
 そのダーウインに先立ち、ドイツの医者だったブルーメンバッハという人が「人種」という言葉を初めて用い、コーカシア(白人種)、モンゴリカ(黄色人種)、エチオピカ(黒人種)、アメリカナ(赤色人種)、マライカ(茶色人種)の5種に分類したそうです。それをさらに発展させたのが、パリ大学のキュビエで、「ネグロイドコーカソイドモンゴロイド」の三大分類法を採用しました。彼はそこからネグロイドは野蛮人の集団、コーカソイドは世界の文明を支えて来た集団、モンゴロイドは文明の程度が低い集団と、世界の民族を初めて差別化しました。それを継承したのがダーウインで、『人間の進化と性淘汰』を書いたわけですが、時と共にその内容が歪曲化され、「イギリスのような文明化された国民によって、野蛮な部族が破壊されるのは避けられない」といった帝国主義や人種差別を助長する結果となり、その延長線上にヒットラーナチスドイツがありました。それが潰えた後、人間は皆平等で差別されてはならないという、本来聖書の持っている人間創造の目的がぶり返すと思いきや、特に米国において新自由主義経済学なるものが、ハイエクとかフリードマンといった学者によって積極的に提唱され、白人至上主義や少数民族の排除といった事が、今特に白人保守派によって推し進められている状況です。
 しかし物理学者の米沢富美子氏との対談では、米沢氏も本庶教授と同じく進化論を信奉している事が分かります。でも物理屋として多少の違いがあります。
 米沢氏は「物理学と言うのは実証科学です。だから測定できないものを理論的に云々するのは科学ではないと考えている…」。ですから本庶教授が「そこに偶然の要素はまったく働かないですか」と尋ねると、「偶然の要素はない…全部必然だと思います」と答えています。そこで本庶教授が「生物が誕生したのも必然である」のかと尋ねると、「それは難しい…ある閾値を超えて、条件が整って、その生命のスープのなかから突然出てきた。閾値を超えて生まれた」と自己矛盾する事柄を「閾値」という言葉を使って曖昧に答えています。
 ですから本庶教授は「生命の誕生を必然といわれると、なかなか簡単には納得できない」と不満を述べています。進化論では「偶然」の要素を重要視しているので当然でしょう。
 それに対して私の所属するキリスト教会では進化論を否定します。万物が神の御手によって造られたと信じます。原始的と思われる生物でも、分子生物学の発展、特にゲノム解析の進展で、いかに複雑なものであるかが分かって来ましたし、それが偶然の積み重ねで生じない事も分かります。デザイナーがいなくては万物を組み立てる事は出来ません。 
 「なぜなら、万物は御子(キリスト)にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです」(コロサイ1:16)。
 たとえ創造論を信じなくても、進化論は競争による最適者生存を認め、さらに人種という概念の持ち込みで人間を差別化しています。もし原発難民とか沖縄差別を否定するなら、問われているのはあなたの進化思想です。