ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

リンカーンの第一優先事項

 「今わたしは、エジプトが奴隷としているイスラエル人の嘆きを聞いて、わたしの契約を思い起こした」(出エジプト6:5)。

 2013年5月13日の朝日新聞に、「人種差別主義者だった?リンカーン」という題の記事がありました。
 副題として「奴隷解放の戦い/南部制圧が主目的」とありました。これが解答のようです。
 ちょうどcangaelさんのブログ(http://d.hatena.ne.jp/cangael/20130513/1368408410)と重なった朝日記事ですが、スピルバーグ監督の映画、なかなか好評のようです。
 南北戦争((1861〜65年)中に出された「奴隷解放宣言」(1863年1月)から、今年で150年目を迎え、この1年で米国サイトでは、よくリンカーンの記事が出ていました。この第十六代大統領は「奴隷解放の父」と呼ばれ、その評価が揺らぐ事はないでしょう。山川世界史にも「連邦の統一維持を優先する穏健な奴隷制拡大反対論者であった」と記述されています。
 しかし朝日ではこの奴隷とか白人・黒人といった差について、リンカーンが実際にはどう考えていたのか、その負の側面を記述していました。それは1858年の演説と1862年の知人に宛てた手紙の中に出て来ます。
リンカーン・ダグラス論争(1858年)。ダグラスとは当時米国イリノイ州上院議員民主党ティーブン・ダグラスの事です。両者の間で7回討論が行われたとの事です。その第4回目の討論に出て来るリンカーンの言葉に注目して下さい。「私は現在もこれまでも、白人・黒人という人種の間に、社会的・政治的平等をもたらすのに賛成した事はありません。また私は現在もこれまでも、黒人を有権者陪審員にするのに賛成した事はなく、役職に就けるのに適任だと賛成した事も、白人との結婚に賛成した事もありません。そして私はそれに加え、黒人・白人という人種の間に身体的な差異があり、社会的・政治的平等という観点からすると、この二つの人種がいつまでも一緒に住むのは禁じられていると信じます。そして両者がそのように住む事が出来ないので、一緒に暮らしているからには、優等な地位、劣った地位がなければなりません。ですから私は他のいかなる人々とも同様、白人種に与えられた優等な地位の保持に賛成します。しかし私は白人が優等な立場を保持しているから、黒人は何でも否定されるべきだとは考えていない事を、この機会に言っておきます」。
ホーラス・グリーリーへの手紙(1862年)。
 「この戦争における私の至上の目的は、連邦を救う事で、奴隷制を救う事でも、それを滅ぼす事でもありません。もし奴隷は一人も自由にせずに連邦を救う事が出来るなら、そうするでしょうし、全ての奴隷を解放して連邦を救う事が出来るなら、そうするでしょう…以下略」
 以上はhttp://condor.depaul.edu/tps/Abraham_Lincoln_an_Abolitionist_Lincoln_Quotes_on_Slavery.htmから粗訳したものです。
 既に「人種」というものが存在しない事は、過去ログで示しました。違いはメラニン色素が多いか少ないかだけです。(http://d.hatena.ne.jp/hatehei666/20130326/1364287937)朝日の翻訳では「人種」という言葉を省いています。ダーウインの進化論を殊の外好む朝日にしては珍しいです。さらに調べると、リンカーンとダーウインは同じ年に生まれており、後者の『種の起源』は1859年に出版されています。リンカーンが「白人種」を優等と考えたのは、もしかするとダーウインの影響があったかも知れません。
 しかし今年1月1日のガーディアンサイトで主張されているように、「奴隷解放宣言」が一夜にして数百万人の奴隷解放をもたらす事はなかったにせよ、黒人が連邦再統一の為に南北戦争を戦った事で、それが完全な市民権、社会的平等、意義深い自由への到達の一里塚と見做されたのは間違いなく、朝日記事の最後「リンカーンこそ、現代に至る、アメリカの光と影を培った大統領と言えるのではないか」に賛同します。人間は罪深く弱い者です。心に二面性があります。しかしこの2つの点を紹介したところで、彼の評価を貶める事はないでしょう。