ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

東大の大罪

 「私の兄弟たちよ。何よりもまず、誓わないようにしなさい。天をさしても地をさしても、そのほかの何をさしてもです。ただ、「はい」を「はい」、「いいえ」を「いいえ」としなさい。それは、あなたがたが、さばきに会わないためです」(ヤコブ5:12)。

 dango33さんが推して下さった和田秀樹氏の『依存症』が、なかなか借りられそうもないので、少し前話題になった『東大の大罪』を借りて読みました。和田氏は同じ東大出身の秀才で、受験業界では良く知られた人物ですが、その偏見があってこれまで著作を読んでみようという気になれなかったのですが、公式ブログ(http://ameblo.jp/wadahideki/archive1-201308.html)を閲覧して、かなりまともな事を言っているなと思って、『東大の大罪』を読みました。非常に面白く一気に読み切った次第です。

 この本はおそらく有名になった安富歩東大教授の『原発危機と「東大話法」』をかなり意識して書かれたのではないかと推測します。本書でも安富教授は登場し、肯定的評価を受けていますから。
 私が感心したのは、「消費税増税」「生活保護法」などに触れたところで、貧困層に対するしっかりした目を持ってられた事です。これがエリート官僚に徹底して欠けた点ですから。なぜそうした視点を持つ事が出来たのか、とい点については、本書で強調されている和田氏流のエリートを自らも実践しておられるからでしょう。
 「オネットム」という言葉があります。これはフランスの数学者哲学者宗教家であるパスカルの言葉ですが、誠実で正直、礼儀正しく、豊かな教養を備えながら、自慢せず謙虚な人といった感じでしょうか。
 また「ノブレス・オブリージュ」という言葉もあります。「一般的に財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを指す」とウイキペディアにありました。
 和田氏はそうした事柄を意識し実行しようとしてきた人だから、トップから最底辺まで広く問題を捉える事が出来るのでしょう。
 だから和田氏は「負け組は自業自得」とする東大卒のエリートたちを恥じ、そうした人々は誰からも尊敬されないと苦言を呈しています。
 3・11で露呈した東大卒の御用学者たちの低い知性と見識は論外、純粋培養の教授は学問的良心も、エリートとしてのプライドもないと切って捨てています。
 日本がこの激動の20年間にうまくいっていないのは、東大自体の劣化も原因だと分析し、ではどうしたら良いだろうかというのが、最後に来ます。
 それは「東大なんてもういらない」です。但し言葉の真の意味でのエリートの育成は欠かせないという持論から、上記ノブレス・オブリージュを身に着けたオネットムを目指す「東大より上の大学を作れ」という事だそうです。
 私はここに来て和田氏に異論があります。それは机上の空論ではないかという事です。パリサイ派集団と化した東大教授や、そこを出た官僚、政治家たちは、おそらく全力をあげてそうした大学の創生を阻止するだろうと思うからです。
 エリートが一番を目指さないのは困ると和田氏は言います。聖書も「私たちは、キリストについての初歩の教えをあとにして、成熟を目ざして進もうではありませんか」(へブル6:1)と向上心を目指す事を否定していません。しかし同時にエリートがその罪の為に必ず堕落する事も述べています。この問題意外と難しいです。ただ和田氏の考え方を理解出来ただけでも、この本はお勧めと言えるでしょう。