ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

クリスマスとサンタ

 「「きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです」(ルカ2:11)
 
 クリスマスと言えば、本来「人々をその罪と死から救われるイエス・キリストの御降誕」を祝うミサ(祭り。カトリック用語)という意味でした。
 しかし今やそれは欧米でも見事に「換骨奪胎」されて、サンタによるプレゼントやケーキでの祝い、街中の派手なイリューミネーション等が主体となり、真の意義を知るには教会に行くしか方法がなさそうです。モノを売らんかなとする商業主義の跋扈です。
 2013年11月29日に「答えは創世記に=AiG」サイトで更新された記事では、このキリストに代わって主役となっているサンタの事を不名誉な事として言及しています。
 しかしそのサンタには「起源」があります。小アジアのミラという都市に4世紀頃存在した主教ニコラウスです。彼は巨額の遺産を引き継いだので、その資産の多くを貧しい人々を助ける為に費やしました。彼の周囲にいる人々の様々な必要を満たす為、惜しみなく施しをしました。それは貧しい人々を助けるようにというキリストの御命令を成就させる事になりました。それは根本的なクリスチャンの原則なのです。その意味で米国共和党の信徒と称する人々は、その制反対の事を行なっているうそつきです。
 「イエスはこれを聞いて、その人に言われた。『あなたには、まだ一つだけ欠けたものがあります。あなたの持ち物を全部売り払い、貧しい人々に分けてやりなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。そのうえで、わたしについて来なさい』」(ルカ18:22)。*これは偽善的な金持ちの試みに対してイエス・キリストが答えられた事ですが、一般に旧新約で貧しい人々の救済の勧めがあります。 
  ニコラウスが死んだ後、カトリック教会は彼に「聖徒」の名前を付け、「聖ニコラウス」、米国では「聖ニック」などと呼んでいます。
 クリスマスにサンタ・クロースががプレゼントを持って来て、子どもたちに与えるという話は、聖書とは全く無関係です。それは米国に移住したプロテスタントの一派によって始まり、現在のように世界各国に広まったものと思われます。従ってサンタが町にやって来ても、それはキリストが来られた意義を全く伝える事は出来ません。それは嘘であり、ひどいのになると、英語ではXmasなどと表記し、Christの名がすっぽり抜けてしまいます。
 それでは日本の一般家庭でクリスマスを祝っても、神に対しては「冒涜」に他なりません。むしろそれを煽る商業主義に踊らされず、日本の伝統である『正月の祭り』一本に絞ったほうが、まだましだと思います。