ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

建築界のノーベル賞「プリツカー賞」坂茂(ばんしげる)さんへ

 「私の願うところは、すべての人が私のようであることです。しかし、ひとりひとり神から与えられたそれぞれの賜物を持っているので、人それぞれに行き方があります」(コリント第一7:7)。
 2014年3月25日のハフポスト・ジャパンサイトを見ていたら、「『建築界のノーベル賞』とも呼ばれるプリツカー賞の2014年の受賞者に、京都造形芸術大教授の坂茂(ばん・しげる)さん(56)が選ばれた」という見出しが目に飛び込んで来ました。実は私はプリツカー賞という賞も、建築家の坂氏の名前も知りませんでした。

 そこでまずプリツカ―賞ですが、そのサイトを見ますと(http://www.pritzkerprize.com/2014/announcement)、1979年に故ジェイ・A・プリツカとその妻シンデイにより創設されました。目的はその建築作品が才能、洞察力、傾倒という資質の合一で、建築という芸術を通し、人類と構築環境に対して信頼出来る、重要な貢献を生み出した事が証明される、存命中の建築家を褒め称える事です。毎年行われ、受賞者には10万ドルと青銅の大メダルが授与されます。
 では坂茂氏はどうでしょうか?彼は少年の時、大工さんたちが家を建てるのを観察しました。その道具や材木の匂い、建て上げの様子を見て育ち、大工になる予定でした。しかし11歳の時彼の教師がそのクラスに簡単な家のデザインを求め、坂少年のものが一番良くて学校に展示されました。それが契機で建築家になるのが彼の夢となりました。
 そして高校卒業後米国に渡り、あまり知られていない大学校の建築学部を卒業し、10年ほど研鑚を重ねた後、人道主義的な活動を始めました。その端緒が数百万人の人々を悲劇的な生活状態へ陥れた1994年のルワンダ闘争の時でした。その時坂氏は紙管で出来た避難所を国連難民高等弁務官に提案して受け入れられ、それ以来紙を素材にした建築物を多く手がけるようになりました。翌1995年の阪神大震災では、紙のログハウスを建てました。ビールケース、砂袋、紙のパイプがフルに活用されました。その時の代表的作品が震災で全焼した鷹取教会の集会所です。
左画像ウイキペデイアより。
 この20年間坂氏は世界中の自然や災害の場を旅し、地方の市民、ボランティア、学生たちと共に働き、簡素で威厳ある、低コストのリサイクル可能な避難所や地域密着型の建物を、被災者たちの為に、デザインし建設して来ました。
 坂氏はコンクリなど今日のありふれた高度技術の解法に頼っていません。紙管、船荷のコンテナ、竹、織物、紙、リサイクルされた紙の繊維やプラスチックといった型破りな素材を創造的に使用し、災害復興施設建造の為に役立てています。それらは地方で入手出来、費用がかからず、運搬が容易で、積み重ね、分解も出来ます。そしてそれらは防水や防炎加工したもので、リサイクル可能です。坂氏は日本で生まれ育ってきたから、材料を浪費したくないという願いを抱いています。
 作品をもう一つ。仏ポンピドゥー・センター・メスです。グラスファーバー、木、ガラスが基本です。
画像はhttp://sumau.com/page_category/design/design_space/2108.htmlからお借りしました。風通しの良い波状の格子造りをデザインしています。それは下部にある複合的な美術館を覆い、解放された近づきやすい公共広場を造り出しています。
 発表にあたりトム・プリツカ氏は、「坂茂氏の災害復興工事を通しての人道主義的な献身ぶりは、全ての人にとっての模範です…彼は私たちの世界をより良い場にしてくれました」と言っています。審査委員長であるピーター・パルンボ卿も、「ホームレスや、自然災害でひどく落ち込んでいる、財産を失った地域の人々の為のボランティア活動を考慮すると、坂氏はこの賞に全くふさわしい人物です」と称えています。
 しかし坂氏の偉いところは、毎日新聞サイトによると「おごったり甘えたりせずに今まで通り仕事を続け、教授を務める京都造形芸術大での後進育成にも力を入れたい」とすごく謙虚な事です。

 ハフポストサイトでも「東日本大震災では、不足しがちな土地を有効利用するために海上輸送用のコンテナを利用して3階建ての仮設住宅を作ったり、避難所でプライバシーを守るため紙と布でできた個室を作ったりしてきました」と書かれていました。詳しくは坂茂建築設計サイト(http://www.shigerubanarchitects.com/SBA_NEWS/SBA_van_p2.htm)を見て下さい。女川町の仮設住宅などの画像があります。それをお借りしました。右画像。設計図や狙いなどが詳しく述べられています。是非サイトを訪れてみて下さい。
 坂氏はこれからも困難を極める被災地の人々の為に、少しでもリラックス出来る住宅を作ってくれるでしょう。プリツカー賞を受賞され、本当によかった!私も多くを学びました。