ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

福島市松川町視察

 「その地がどんなであるか、そこに住んでいる民が強いか弱いか、あるいは少ないか多いかを調べなさい」(民数13:18)。
 2015年1月29日、福島市松川町の売買物件を視察して来ました。二本松に行った時、そこの大手不動産屋は、私の職業と年金による年収が極端に少ないという事でほぼ門前払いの状況でした。故に現在所有のマンションを売却して売買の物件を購入出来るかどうかで、実際行って来ました。条件は居住出来るのが、農業従事者に限るという事でした。これは大きな難問でした。仙台市に本拠のある不動産屋は、震災があって放射線量が決して少なくはない地で、役所の許可は可能という予想だったので、期待し祈って出かけました。

 しかしです。初めて降りる松川駅、電車と駅との段差が大きく、気が付かなかった私は転倒し、頭を打ちました。翌日の松戸の形成外科では、擦過傷との事で大事には至りませんでしたが、いやな予感がしました。
 場所は松川駅から徒歩40分位の所でした。だいたいネットで得ていた情報通りで、敷地で簡単な野菜は作れるし、付近の畑は隣の方々も借りていて、自分たちの為に野菜を作っており、新たに借りる余地は十分あると言われました。そちらは隣接ですが、昭和51年以前の既存宅地で一般住宅として居住している方々でした。物件に瑕疵はなく、大いに気に入ったので、すぐ問題の件で国道4号から福島市役所に行きました。まず6階の建築住宅課へ。しかし私の希望にもかかわらず、一般住宅としての使用は許可にならず、物件が昭和51年農地とか市街化調整区域かなどの線引きがされた後、現在の売主のものになったので、それ以前の状況を他の課で調べてもらう事にしました。

 残念ながらこの物件、前の売主の段階で登記がされておらず、税務課でも、その段階では不明との事でした。それで一度法務局に行って、古い登記簿を調べてもらいましたが、記録がないとの事で駄目でした。
 残る手は、再度市役所に行き、航空地図など都市計画課の古いものから、既存住宅があるかどうかだけになりました。既存住宅なら線引き以前なので居住可能です。しかしその時の地図で縮尺を変えて現在の物件があるかどうか調べてみましたが、残念ながらありませんでした。万事窮す。
 福島駅に向かう途中で、不動産屋と幾つかの選択肢を考えて見ましたが、結局正攻法では無理と分かり、一度は留保したものの、翌日松戸の懇意にしている不動産屋に訊いたところ、リスクが大きいとの事で、諦める事にしました。
 半日をかけての視察でしたが、松川町とか福島市の状況が分かっただけでもプラスにはなりました。
 私事になりますが、1970年代に取得した後、1986年に大阪に出た時失効していたと思っていた宅地建物取引主任者証が、そうではなくて講習を受ければ再発効されるという、上記不動産屋の朗報を得たので、早速種類を書いて郵送したところ、講習会OKの通知が2月6日に来ました。それは4月9日に行われますが、再取得したら、需要の多い郡山市福島市などの都市の地元不動産屋に当たり、何としてでも福島へ移住しようと思っています。そして4年目の福島から情報を発信したいと願っています。