ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

いわき交響楽団演奏会で思った事

 「その弟の名はユバルであった。彼は立琴と笛を巧みに奏するすべての者の先祖となった」(創世4:21)
 今の管弦楽の基礎となる楽器は、創世記の早い時期から登場しています。

 2016年11月6日、通っている教会の会員がヴァイオリン奏者の一人となっているいわき交響楽団の演奏会に行って来ました。
 その方からチケットを無料で頂いたので、行く事が出来ました(苦笑)。
 素人集団なので応援して欲しいという事でした。礼拝後急いで出かけたので、ウイーンフィルなどと違うから、駐車場は余裕かなと思っていたら、とんでもない間違いでした。どこも満杯で、一緒に行った人の知り合いの駐車場に置かせてもらいました。あとで訊いたら、過去最高の人数だったとかで、むべなるかなでした。
 曲もベートーベンのピアノ協奏曲5番「皇帝」、シューベルト交響曲「未完成」、ベートーベンの交響曲8番という、名曲ばかりだったのが、影響したのかもしれません。
 いわき市のアリオスホール、アンケートもあったので、後部中央に腰掛けて注意深く聴きました。
 全曲通し正面奥左手のフルートがよく響いていました。まさに上記聖書にあるような巧みな演奏でした。気づいたのが、皇帝の11分過ぎくらいで出て来る管楽器とピアノとの「掛け合い」の場面で、トランペットがそれほど高く響かなかった事でした。
 実はいわき市吹奏楽や声楽が盛んなところです。県としてもトップレベルです。それでヴァイオリン奏者にあとで訊いたら、私が感じた事と一致していました。つまり吹奏楽はひたすら皆と歩調を合わせる事に重点が置かれており、一人目立つというのは駄目です。ところが交響楽となると、逆に目立つ形で高らかに吹かなければなりません。
 でも楽団で管楽器の奏者が不足すると、吹奏楽をやっている人を引っ張って来る事が多々あり、そうした見せ場では普段と違うので、その人は萎縮してしまうそうです。
 なるほどなあと思いました。すると教会の奉仕は吹奏楽派の人々の集まりになります。ひとり目立つのは神の不名誉となるからです。
 未完成の出だしのチェロ・コントラバスによる重低音の響きは、こうした生演奏でないと分からないほど、ずしっと重く感じました。
 最後の8番交響曲は、こちらもうかれたくなるほどテンポが良かったです。でもこれも上記ヴァイオリン奏者に言わせると、楽譜の指示通りにやると、あとで非常に腕が疲れるそうです。そいういう事も訊いて初めて分かります。
 アンコールはシューベルトのロザムンデからの有名な間奏曲。うっとりしました。シューベルトを2曲も聴けるなんて至福の時でした。
 これから始まるクリスマスの賛美も、その方が指揮を引き受けてくれて練習に励んでいます。救い主の降誕を讃えるもので真剣勝負です。