ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

日本原子力開発機構「大洗開発研究センター」の事故

 「小さい事に忠実な人は、大きい事にも忠実であり、小さい事に不忠実な人は、大きい事にも不忠実です」(ルカ16:10)。
 2月19日に茨城県鉾田の自動車整備工場へ軽自動車を取りに行く時、国道51号で大洗町にある日本原子力研究開発機構大洗研究開発センターの看板を見ながら通過しました。原子力と言えば、まだ鉾田に居た時の1999年東海村JCOで起きた事故の記憶が鮮明で、2013年の東電福島第一原発事故が起きてからは、もう放射能はこりごりだと感じていました。人間は小さな事でミスを犯し、大事故を生じさせるものだと、当然にもそう考えるようになりました。

 2017年6月6日そこの高速炉核燃料研究棟で、作業員がウランとプルトニウムの入ったビニール袋の収められている金属容器を開けた途端、そのビニール袋が破れ、5人が被災してしまいました。
 特異なのはここで扱っている放射性物質が主としてプルトニウムという事です。東海村の時はウランの粉末をバケツで硝酸に溶かして沈殿槽に入れる時、事故が起こりました。
 ですから今回作業員はそのプルトニウムを外部・内部被ばくした事になります。特に内部被ばくでは国内最悪の事故となりました。
 その原因を辿ってゆくと、まさに聖書の言う「小さい事に不忠実」な研究者たちの奢りが露わになりました。
 第一にこの金属容器の点検が26年間もの間、1度も実施されていなかった事が分かりました。プルトニウムと言えば極めて強い放射線を出す、最悪の毒性科学物質であるとされています。ネットで調べた限りでは、福島で今も放出されているセシウムによる放射能の強さより、吸入による事例でおよそ6000倍もあるとされているので、この危険極まる物質の厳重な定期検査と管理は必須だったはずです。それを怠り作業員に被ばくさせてしまった責任は大きいです。
 第二に点検の際は福島第一でもおなじみの全面マスクの着用が必須だったのに、作業員には顔の下半分だけを覆う半面マスクをつけさせていた為、鼻から大量のプルトニウムを肺に吸入させてしまった事です。これは最大の管理ミスです。プルトニウムアルファ線を放出しますが、透過力が弱くて紙1枚でも遮断出来るそうです。ならばこの全面マスクか半面マスクかという事は、吸い込んだ人の生命を左右する決定的な問題となるのではないですか。この未曾有の出来事に対して入院先では放射性物質の体外排出を促す薬剤の投与を行い、一旦退院させたものの又再入院をさせています。その後は分かりませんが、私は執拗に追いかけてゆきます。原子力機構は「健康に影響が出るほどではないと考えている」と言ったからです。
 5人の作業員の年齢が分かりませんが、1人は50歳代、100歳までのアルファ線による被ばくを考えてみます。ベクレル数をシーベルトに換算して1年間で1.2シーベルト、50年間では12シーベルトに達するそうです。それは東海村で被ばくし死亡した大内さんの17シーベルト、篠原さんの10シーベルトとほぼ同レベルです。果たして長生き出来るでしょうか?東海村で事故の時12シーベルトを浴びたという消防隊員の場合は、幸い生存しているそうですが(情報はありません)。
 第三に故高木仁三郎氏が『プルトニウムの恐怖』で語った、「この世で最も毒性の強い超猛毒の物質」を、単なるビニール袋への収納というのはどうなのか?という疑問があります。素人としての率直な思いです。研究者たちは大丈夫と判断したみたいですが、果たしてその油断からビニール袋が破裂したのではありませんか?
 放射能という、人間には最もやっかいな物質を扱う研究者たちにもう一度言いますが、「小さい事に不忠実な人は、大きい事にも不忠実です」。このはなはだしい人命軽視の基には、彼らの高慢さがあります。「人の心の高慢は破滅に先立ち、謙遜は栄誉に先立つ」(箴言18:12)。
 私は罪深い人間なので、いつもこの高慢さが顔をもたげて来ますが、悔い改めて謙り、神のみまえに歩んでゆきたいと願っています。