ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

富岡町はどうなるのか

「わたしは、わたしのしもべのことばを成就させ、わたしの使者たちの計画を成し遂げさせる。エルサレムに向かっては、『人が住むようになる』と言い、ユダの町々に向かっては、『町々は再建され、その廃墟はわたしが復興させる』と言う」(イザヤ44:26)。
 福島県双葉郡富岡町が2017年4月1日避難指示解除になりましたが、依然として桜の名所夜ノ森地区は線量が高く解除になっていません。毎時1・65マイクロシーベルトあり、東隣の小良ヶ浜(1・71)と共に突出しています。

 一方で3・11当時地震津波で全壊したJR富岡駅が、少し北に移動しやっと完成しました。そして常磐線は上野方面からはここまで運転されています。写真左
 17年10月30日時点では、まだ駅周辺は整備の途上でしたが、すぐ近くにホテルも出来ました。

 4階建て、シングル66室、ツイン3室あります。社長が有志8人と共にこのホテルを設立しました。福島の現在の復興状況を詳しく目で見て確かめてみたいという人々の為には、気軽に利用出来そうです。
 11月17日に稼動を始めた、原発事故に伴う指定産業廃棄物の第一号最終処分場は、国所有の土地でアクセス出来ませんが、県内で発生した核のゴミの一部(キログラムあたり8千ベクレルを越えるもの)を、国がこの町に埋め立てるという構図を是非知っておいて頂きたいと思います。除染で出たゴミは富岡町でなく、やはり同時期稼動を始めた中間貯蔵施設(大熊町双葉町)に搬送されます。
 この廃棄物処分場は楢葉町との境に近く、搬入路になっている楢葉町では、危険だとの認識で反対運動は続いています。ネットの情報では、国は100年以上もつと言っているそうですが、机上計算に過ぎず、全てが実験段階です。

 そういうわけで、最近夜ノ森地区から避難した方から富岡町の広報を見せてもらう機会があって、注視したのが平成14〜24年生まれの子を持つ保護者(3・11当時富岡町に在住)へのアンケート調査結果でした。他の市町村ではまだまだ帰還をためらっている層が圧倒的多数を占めていますが、ここでは「戻らない」が87パーセントも占めていました。右図上
 富岡町から帰還困難な為に他の地域に避難した人々は、固定資産全や国民健康保険税が全額免除になっていますが、将来指定解除になっても、そうした税の負担がふさわしいと思う避難者は、やはりほとんどいないと思います。
 帰るのはどうしても古里に思い入れのある農家の方々など、高齢者ばかりだと思います。町としてはそうした対象者の為に、医院や診療所を設置し、平成30年には県立ふたば医療センターを発足させる予定です。さくらモール富岡という複合商業施設も既に稼動しています(視察にあたりこの場所を逃しました)。

 曲田災害公営住宅の一部も3ヶ月前完成しました。6年半以上経てやっとです。若い世帯の人は入るのかしら。
 一見町としては積極的に動いているようですが、どうも私の目には「笛を吹いてやっても、君たちは踊らなかった。弔いの歌を歌ってやっても、悲しまなかった」(マタイ11:17)というふうに見えます。