ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

『原発事故と放射線のリスク学』(中西準子著)を読んでの新知見

 「彼はモーセに答えた。『私は行きません。私の生まれ故郷に帰ります』」(民数10:30)
 東京新聞に載った中西準子氏の『早期帰還めざし線量の見直しを」から、その批判をブログに書きましたが、今一つすっきりしないものを感じ、なぜ年間5ミリシーベルトで早期帰還を促しているのか、元になっている上記『原発事故と放射線のリスク学』を図書館で借りて来ました。素人の私が批判するからには、よほど慎重でなければならず、他にも再度小出裕章氏の著書数冊を読み直し、最近出た岩波「科学」9月号特集の「100ミリシーベルト神話を問い直す」を繰り返し読んでみました。

 まず現状はと言えば、事故から4年半経過したのに、放射能汚染地域の住民のほとんどが帰還出来ていない事実があり、中西氏はそれを憂慮して、「被災者の人生の大切な時間が奪われないよう、なるべく早く帰れるような条件と根拠を探りました」(東京新聞8月23日)と言っています。
 早期帰還の為には除染を迅速に徹底して行う必要がありますが、目標値は年間1ミリシーベルト。ところが私も除染作業に加わった経験から、この目標値は全く不可能です。特に森林除染で見ると、福島県の森林は約9,360平方キロメートル、面積の68パーセントほどを占めており、表土を剥いでフレコンバッグに入れると重量1トンにもなるので、ユンボなどの重機が入って行けない以上、人力で地上まで運搬するのは不可能です。ですから放射能は森林にたっぷり残り、風雨などによる浸食作用で、除染を終えた住宅地を再汚染し、すぐ年間1ミリどころか3ミリ、5ミリシーベルトにもなってしまうでしょう。例えば最も早くから除染に取り組んで来た伊達市ですが、A,B,C地区と線量の高い順から除染を始めました。その結果A,B地区とも目標値を達成出来ず、C地区(伊達市の70パーセントほどを占める)は除染前年間5ミリシーベルト以下といわれていましたが、ホットスポットだけを除染し、後は除染を止めています。
 住民が怒り出すのは当然ですが、説得に当たったのが、伊達市職員の半澤隆宏氏です。中西氏は著書で「除染の現場からー半澤隆宏さんにきく」という項を設けています。半澤氏は原子力規制委員会委員長田中俊一氏(伊達市で育つ)の助言を得ており、試行錯誤だった除染体験を話しています。中西氏は半澤氏の事を「除染の神様」と呼んでいますが、このC地区(=15,000世帯)での除染費用はおよそ800億円、しかもそれに見合う効果なしという結論で、住民との対話により理解してもらうしかないと言っています。ですから毎時10マイクロシーベルトでもただちに影響は出ないと主張します。また年間1ミリシーベルト閾値ではないという発言は、中西氏の主張の下敷きとなっているでしょう。
 閾値とは「それ以下の線量なら、影響が現れないという影響の出ない線量の上限」(中西氏)で、一般に「直線閾値なし仮説」というのが定着しています。そして100ミリシーベルト以上が高線量域、それ以下が低線量域となっています。中西氏はそれを認めてはいますが、この著書で国際放射線防護委員会委員の丹羽太貫(にわ・おおつら)氏にも登場してもらっています。対話では丹羽氏(現福島県立医科大特命教授)は直線閾値なし仮説を認めているものの、「チェルノブイリで被ばくをした人たちの間に、セシウムによる癌発生の有意な増加は認められず、従って放射性ヨウ素による小児の甲状腺癌を除けば、低線量の被ばくはそれほど心配するには及ばない」(http://toriiyoshiki.blogspot.jp/2011/12/blog-post.htmlからお借りし、私が一部改変)と言ったそうです。丹羽氏は乳児の食品1キログラムあたり50ベクレルを100ベクレルに緩和しても良い事を提唱しました。また昨年の環境省専門家会議では、福島県外の被曝量は低い、放射能は離れて行くほど低くなると、福島県外の汚染を否定し、傍聴席のヤジに対して激しい応酬をした事で有名になりました。これが事実でないのは、千葉県の柏・松戸などの福島に劣らぬ高線量から分かります。丹羽氏の低線量被曝に関する発言は、長瀞重信長崎大学名誉教授のものとも酷似しています(冒頭の岩波科学より)。同様に東大準教授中川恵一氏の説でもあります。中西氏の狙いもそこにあると思います。
 なぜ年間1ミリシーベルトでなく、5ミリシーベルトを設定したのでしょうか?年間1ミリシーベルト以下は除染では不可能で、避難者たちがいつ帰れるかどうか分かりません。そこで「帰還時でおおよそ七〜八ミリシーベルト/年なので、きりのいい五ミリシーベルト/年としよう。すると、一五年間の累積被ばく量は約三八ミリシーベルトとなり(*中西氏は補正係数0.6を確立したものとして多用し、線量を低く見積もる傾向がありますが、ここでの計算式ではどういうやり方か不明)、多くの人が一五年以内に長期的目標の一ミリシーベルト以下を達成する…帰還時に5ミリシーベルト/年だと、ウェザリングなどで下がっているので…約六万人がこの条件を満たす(*中西氏は風雨、土壌反応などの自然の作用のために、空気中に放出される放射線のエネルギーが減少すると言っています。しかしこの単語は風化という意味だけで、減少どころか増加もあり、事実に反します)」と言っています。
 肝心なこの箇所、もっと丁寧に説明してくれればと思いました。
 もし除染により年間5ミリシーベルトになり、6万人が故郷に帰ったとしても、当然放射線による癌のリスクはあります。『科学誌』では、「1〜数mSv単位ぐらいでも確かめられるようになってきている」と、岡山大学津田敏秀教授は指摘しています。
 一方福島に戻らなければ「今度は移住や失業という社会的なリスクが発生する」(*著書の上野千鶴子氏との対談)という事ですから、両者を比べて、どちらかを選ぶ、つまりリスクトレードオフを考えて実践する、これが中西氏の主旨なのです。安倍政権は非情ですから、どちらを選ぶにしても、補償金は打ち切りとなりますから、避難者の心は揺れます。
 中西氏はどちらを選ぶにしても補償は不可欠で、それも早く決めないと不安ばかり増すとは言っています。
 それについては、著書の中に出て来る経済学者飯田泰之明大準教授との対談において、飯田氏の言説が一番説得力がありました。除染特別区域の11市町村で、除染費用1.7兆円、得られる便益1兆円、失われた資産の総計1.7兆円という標準的な仮定をして、1除染・帰還モデル、2集団移転モデル、3個別補償モデル、さらに2と3の混合モデルで、一刻も早い方針の決定が必要なときと言っています。
 東京新聞でのインタビューの時点で、低線量被ばくの証拠が次々と挙がっているのに、中西氏はそれを捨象し、著書ではいわゆる御用学者や役人(上野千鶴子氏を除く)の考え方に賛意を表しています。その点避難解除地域への早期帰還と補償打ち切りを表明している政府の考え方と似ており、上野氏は「一つ間違えば、中西さんは政府の回し者、と見られるかも」とズバリ述べています。

 さらに言えば、私が除染に従事していた二本松市の僅か北方で農業に取り組んでいる菅野正寿さんのように、「危険かも知れないけれど、逃げるわけにはいかない」という選択肢しか取れない人が居る事も忘れてはなりません。菅野さんは「逃げる人・逃げない人どちらの選択にも十分な補償と支援を行う必要がある。そしてその支援を行わないことはサボタージュです」と怒りをこめて話しています。この重い問いかけに、私はどう応えたらいいでしょうか?画像右菅野さん。