ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

口蹄疫と聖書

 宮崎県の農場で生じた口蹄疫は相当拡大し、畜産農家が悲鳴を上げています。宮崎では10年ぶりだそうです。
 そもそも口蹄疫という言葉さえほとんど聞いた事がありませんでした。そこで広辞苑を開けて調べてみると、「有蹄類とくにウシ・ブタ・ヒツジなどが感染するウイルス性の急性疾患。感染獣は発熱・流涎し、口腔粘膜・蹄部皮膚などに多くの水泡を生じる。人にも感染することがある」とありました。なるほど。でもウイルス性疾患ならインフルエンザなどの呼称をつけた方が分かりやすいと思います。口蹄疫という言葉だけではイメージが湧いて来ないからです。
 でもネットのウイキペディアなどを見ますと、ちゃんと学名が載っています。属の名称をとって、通称アフトウイルスと言うのだそうです。
 それはとにかく、このウイルス、牛や豚の殺傷能力はほとんどなさそうです。でも感染力が非常に強いという事で、それが疑われている牛・豚は全て殺処分されています。また人に感染する可能性ありとの事で、消毒する人々も防御の服を着込んでいるのが、新聞の写真で見られました。
 このウイルスはワクチンを接種しても、体内に残る事があるそうで、相当にしぶといです。新聞報道では「だから最終的には処分するしかないんだ」と出ていました。人間ならワクチン接種後、手厚い介護を受けて治癒するというのに。
 ところで聖書でも反芻せず汚れたものとされたブタを除き、ウシ・ヒツジなどを殺す=ほふる場面が出て来ます。
 それは主である神に「罪の為のいけにえ」として捧げる時でした。ですからそうした家畜は、ウイルス感染など全くない、傷なきものでなければなりませんでした。そこが旧約のいけにえと現代の口蹄疫犠牲のものとの違いです。
 「もしそのささげ物が、牛の全焼のいけにえであれば、傷のない雄牛をささげなければならない。それを、主に受け入れられるために会見の天幕の入口の所に連れて来なければならない。その人は、全焼のいけにえの頭の上に手を置く。それが彼を贖うため、彼の代わりに受け入れられるためである。その人は主の前で、その若い牛をほふり、祭司であるアロンの子らは、その血を持って行って、会見の天幕の入口にある祭壇の回りに、その血を注ぎかけなさい」(レビ1:3−5)。
 このほふられるウシやヒツジは、実は旧約では雛形を構成するものであり、新約においてそれが実現しました。それこそ私たち全ての罪を負って十字架でほふられた神の小羊、救い主イエス・キリストでした。
 「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」(ヨハネ1:29)
 「ほふられた小羊は、力と、富と、知恵と、勢いと、誉れと、栄光と、賛美を受けるにふさわしい方です」(黙示5:12)。
 口蹄疫で汚染されたウシから、汚れなき神の小羊イエス・キリストの事を考えて見ました。