ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

出ソマリアと出エジプト

 12月20日の朝日新聞に「難民」イスラエルへという題の記事がありました。進化論者の唱える人類祖先の「出アフリカ」の事ではありません。
 この「難民」は東アフリカのソマリア人で、内戦が続いている為身の危険を感じ、国を出てイスラエルへ向かうのだそうです。
 そういう現象はアフリカのユダヤ系の人々なら分かりますが、今回の難民は記事を見る限り、ユダヤ教への改宗者でもない一般の国民のようです。
 彼らは密入国業者の手引きでエチオピアスーダン、そしてシナイ半島を経てイスラエルへ密かに入国しているようです。しかしエジプトとイスラエルとの間の国境は約2メートルのフェンスが張り巡らされ、見つかるとエジプトの国境警備兵に銃撃されて死ぬ事もあるそうです。またイスラエル政府も不法入国者の扱いで、拘束し強制送還される事もありえるようです。
 ソマリア人はイスラエルにおいて「安心して暮らすため」、出アフリカをするわけですが、運良く釈放されても、そんな生活を送れるわけがありません。やっと同胞とめぐり合い、そのアパートできゅうきゅうの共同生活を余儀なくされているそうです。
 そうした記事を見ますと、同じアフリカでもエジプトで強制労働を強いられていたイスラエル(*旧ヤコブ)の子孫たちが、モーセの指揮によって出エジプトを果たした記事を思い出します。神はモーセに命じられました。
 「見よ。今こそ、イスラエル人の叫びはわたしに届いた。わたしはまた、エジプトが彼らをしいたげているそのしいたげを見た。今、行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ」(出エジプト記3:9−10)。
 勿論それは神のみこころでしたから、成就して彼らは「約束地」、乳と蜜の流れるカナンに無事入る事が出来ました。しかしソマリア人が危険を冒してイスラエルの国境に近づいても、射殺されてしまう人々が出るのと似て、イスラエルの子孫たちもその不信仰により、第一世代は皆荒野で死に絶えて「約束地」に入る事が出来ませんでした。次世代のイスラエル人は若き指導者ヨシュアの指揮でやっと入る事が出来たのでした。
 しかし「約束地」は即「安心して暮らす」事の出来る状態ではありませんでした。そこで生き、しあわせになり、所有する地で、長く生きるため(申命5:33)には、その地の偶像礼拝を行なっているよこしまな民を戦いで追放しなければなりませんでした。しかしそれも神のみこころでしたから、ほぼ成就しました。ソマリア人の場合はたとえ入国出来たとしても、難儀の生活を強いられ、挙句の果てには「出イスラエル」を強行されてしまうでしょう。そして今のパレスチナ人が迫害されているのと同じ状態になるでしょう。かくて神なき人間の知恵による「安心の暮らし」は成就しない事になります。
 ソマリア人はそれがかろうじて確保される為に、ユダヤ教に改宗しなければならないでしょう。