ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

エヴェレストに登る動機

 昨年12月22日のサイエンスデイリーサイトでは、「エヴェレスト山に登る事:気高い冒険か利己的な追求か」といった題で、消費者研究誌(英文)の短い記事を紹介しています。
 エヴェレスト登頂を目指す冒険家は、5万ドル(1ドル=80円とすれば400万円)以上の大金をポンと出すそうですが、その動機は一体何かという事を、サンフランシスコ州立大学のタンバット氏とヨーク大学のベルク氏が分析しました。
 多くの人々は都市の日常生活における諸々の規則の縛りやストレスを逃れる為、何か目新しいもの、開放感を与えるものを捜し求めています。しかし両氏によれば、世界一の山に登るといったロマンチックな冒険でさえ、その背後では競争や軋轢が頭をもたげて来るそうです。
 両氏はエヴェレスト登頂という点に絞り、こう言っています。「私たちは最初一致協力する精神を期待しがちですが、そうした活動では競争心が強く、利己主義的で、社会的地位を求める側面を、消費者行動を研究している学者たちが十分に認識していなかったり、理解していなかった事が分かりました」。
 巨額な金を出す登頂家たちは、協力し合うのではなく、競争心を煽っているという事です。個人的な業績、独特な立場(例えば登った最初の英国女性)に主眼を置いています。並外れた体験でも、市場で「買われる」と、重要なのは登頂家である自分だけという、個人主義的・競争主義的な精神が強められる事が研究で分かったのだそうです。
 英国の登山家ジョージ・マロリーは、「なぜ山に登るのか」と訊かれ、「そこに山があるからだ」と答えた事になっており、人口に膾炙しています。しかしそれは実は誤訳であり、ネットの情報では本多勝一氏が、その真意は「世界一の処女峰エベレストが在るから登るんだということは『皆と同じことはやらぬ』ということなんですよ」と言ったそうです。これなども利己的で特異な立場を表明した例となります。
 マロリーは結局エヴェレスト登頂途上で行方不明となり、後に遺体が発見されましたが、実際に登頂が成功したかどうかは分からないそうです。
 それが分かっているのは誰か?勿論主なる神イエス・キリストだけです。
 主はマタイ23:12で「だれでも、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされます」と言われました。
 そのように神は御自分を差し置いて、己を高くしようとする者を、必ず低くされるのです。
 そして主はそのような高慢な者に対して警告を発しておられます。
 「高ぶりは破滅に先立ち、心の高慢は倒れに先立つ」(箴言16:18)。
 これは高ぶるマロリーに対して神が下された審判でしょう。
 「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい」(ピリピ2:3)というみことばこそ、上記大学の研究者たちが求めたものではなかったでしょうか。