ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

藍染めのために全てを捨てて山梨に工房を作った田中賢二・藍子夫妻

 2月8日の朝日夕刊は「つむぐ織る」の連載記事10回目で、「夫婦藍の世界に染まる」というしゃれた題で、藍という深い色の魅力にとりつかれ絞り染めに没頭する田中賢二・藍子夫妻の事が紹介されていました。
 賢二氏はグラフィックデザイナー、藍子氏は服飾デザイナーです。藍子氏の父親は旧満州へ出征し戦死しましたが、藍子氏はふとしたきっかけで自分の藍子という名前が父親からの遺言だった事を知ります。二人はその教えてくれた人、つまり「天然藍灰汁発酵建て」という伝統技法を行使する、現代の名工佐藤昭人氏を訪ねて行きます。そしてその仕事場で藍染めの作品を見て、すっかり魅了されてしまったと言っています。運命のようなものを感じたとも。

 この夫妻東京日野市に戸建の家を持っていましたが、そこでは藍染めの工程で発酵臭が出る為、近所迷惑になると考え、山梨県の小渕沢に420坪の土地を見つけました。それでこれまで得ていたもの全て、例えば賢二氏ならデザインの道具の全てを処分、藍子氏なら銀座に開いていた店を閉鎖し、一からのスタートを切るべく山梨に引っ越しました。これはすごい事です。当然不安もあったでしょう。まずこの染める技術そのものが、藍子氏の半年の京都での学びくらいしかなかったからです。
 でもそこで夫妻は夢中になって打ち込み、あっという間に25年が過ぎたと記事にあります。記事では藍瓶のところで絞り染めをしている賢二氏と、それを見守る藍子氏の写真が載っていました。その藍の液は発酵の度合いが命だそうです。それで夫妻はPH測定器を買い込みましたが、すぐ放棄してしまったそうです。なぜか?測定器は正確なPH値を出しますが、それ以上の情報は分かりません。賢二氏が実践しているのは、この液を舌でなめる事です。それによってPH以外の情報も分かるからだそうです。夫妻は現在70歳代、残された時間はそれほど多くないと思いますが、やはり現代の名工に選ばれる事でしょう。右図は新城市のホームページからお借りした、藍染めの光景です。

 聖書にも染色の事は若干載っていますが、染色技術に関しては皆無です。私のブログでは2011年5月13日に貝ムラサキによる染色技術について触れました(http://d.hatena.ne.jp/hatehei666/20110513/1305271623)。アイの種を育てるやり方とは異なりました。
 それより何もかも捨てて染色に取り組んだこの夫妻の意気込み、聖書ではイエス・キリストの弟子たちに見られます。漁師だったペテロやヨハネもそうですが、取税人としてユダヤ社会で毛嫌いされていたマタイもその一人でした(彼らは皆新約の福音書や書簡の書き手となりました)。
 「この後、イエスは出て行き、収税所にすわっているレビという取税人に目を留めて、『わたしについて来なさい。』と言われた。するとレビは、何もかも捨て、立ち上がってイエスに従った」(ルカ5:27−28)。
 レビ=マタイは不正の富で生活は潤っていたでしょうが、出会って声をかけてくれたイエス・キリストを「見初め」、すぐに全てを捨ててキリストに従いました。キリストには、この方なら従ってもと思わせる何か崇高な、気品に満ちたものがありました。彼はキリスト昇天後、おそらくユダヤ人の間で伝道を続けましたが、使徒行伝以後消息を絶っています。殉教の死を遂げたのかも知れません。
 このブログ、700日を越えましたが続けていられるのも、やはり自己の救い主イエス・キリストへの傾注があるからこそです。