ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

ブッシュの「おちこぼれゼロ法」

 2002年米国では、当時の大統領ジョージ・ブッシュにより、教育改革と称して「おちこぼれゼロ法(No Child Left Behind Act=NCLB)という法が成立しました。響きはよいのですが、その前年の「愛国者法」と共に、その後今日に至るまで、極めて評判の悪い法律として知れ渡っています。

 私は米国サイトを閲覧していて、しばしば教師の苦悩、教育の行く末、おちこぼれた子どもたちの将来の問題などが載るのを見て来ましたが、他の問題で精一杯、あまり勉強していませんでした。ところがそこで起きている問題が、日本では橋下大阪市長の掲げているものと良く似ている事から、勉強してみました。
 これは先日紹介した堤未果さんの別の新書『社会の真実の見つけかた』が、大いに参考になりました。
 まずこの法律の骨子ですが、以下の通り(情報はいろいろで正確さを期しましたが、多少間違いがあるかもしれません)。
1全国一斉学力テストを3年生〜8年生(日本の小学校3年生〜中学2年生)に課す。その学科は国語と算数だけで毎年行なう。
2ニ年連続で目標達成に失敗した生徒は、他の公立学校への転校を勧められる。三年連続で目標達成に失敗しても同様で、その生徒を他の学校に移す事が出来る。同時に携わった教員は減給・解雇の罰を与える事が出来る。
3四年連続でノルマが達成出来なければ、その学校への国からの助成金はカットする。教員の大規模な入れ替えやカリキュラムの変更等が出来る。
4五年連続の場合その学校を廃校にするか、民営の学校(チャータースクール)にする。(http://children-laws.laws.com/no-child-left-behind
 こうしてブッシュは競争原理を導入し、その結果は全て学校と教師に責任をとらせる事にしました。テストによる競争と罰の法律です。ひとえに米国を強くする為です。9・11のテロがあった後ですから。
 その結果幾つかの州で公立の学校の五割以上(ネット情報では82パーセント<http://www.edweek.org/ew/issues/no-child-left-behind/>が2011年で落第となったようです。また教師は萎縮し或いは燃え尽きて、どんどん学校を辞めて行きました。補習などの労働時間の異常な長さと、助成金を減らされたり、廃校にされたりする事のないようにという大きなプレッシャーが挙げられるでしょう。
 子どもたちはと言えば、これまたどんどん落伍し、貧困化し、ホームレスとなって行きます。おちこぼれをゼロにする狙いが、かえって落ちこぼれを増加させています。
 だいたい生徒を「国語と算数」の成績だけで一方的に評価するのが間違いです。人間は一人一人神から多様な賜物を備えられ生まれて来ます。ですから将来科学をやりたい、歴史を学びたいとか、いろいろ希望を持っています。しかしそうした国語と算数に関係ない科目の時間数がどんどん減らされています。これでは子どもたちを励まし、誠実さ、協調性、寛容性などの資質を備えた豊かな人となれるように育成する事は、不可能です。ただ裕福で私立の名門に入れる1パーセントの親の子だけが勝利するだけです。
 そしてもう一つ、今度は高校生ですが、全米高校生の個人情報を軍に提出させる義務も、この法律に規定されました。ですから落ちこぼれた高校生たちは標的にされ、次々と軍にリクルートされ、イラクやアフガンなどの激戦地に送り込みました。米国は徴兵制ではないので、これは効果を奏しました。今戦地で数々の不祥事が起きていますが、兵士の質を考えると当然なのかも知れません。
 ところで日本では大阪教育基本条例が橋下徹大阪市長によって提出されています。これは1学力テストを実施、結果を公表し学校どうしを競争させる、2教員の評価を厳しくし、校長の命令に背いた場合免職もあり得る、というのが骨子ですが、確かに上記おちこぼれゼロ法の一部と似ています。しかし今はその事をコメントする余裕はありません。
 このブッシュによる競争と罰を基本としたおちこぼれゼロ法は、はなはだ聖書の精神に反します。9・11を機会にそこから多いに外れました。

 「憎しみは争いをひき起こし、愛はすべてのそむきの罪をおおう」(箴言10:12)。
 「激しやすい者は争いを引き起こし、怒りをおそくする者はいさかいを静める」(箴言15:18)。
 「争いを避けることは人の誉れ、愚か者はみな争いを引き起こす」(箴言20:3)。
 「おき火に炭を、火にたきぎをくべるように、争い好きな人は争いをかき立てる」(箴言26:21)。
 これらのいずれもブッシュに当て嵌まりますが、私はその彼を裁く事は出来ません。激しい怒りと共に神が裁かれるでしょう。