ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

作曲家新実徳英氏の仕事

 「新しい歌を【主】に歌え。全地よ。【主】に歌え」(詩96:1)。
 2013年4月15日朝日夕刊「人生の贈り物」の欄で、作曲家の新実徳英氏が登場しています。

 新実氏は1947年名古屋市に生まれ、5歳で父親の意向を受けてバイオリンを習い始めてから、音楽に魅せられるようになりました。旭ヶ丘高校に進学し合唱部に加わり、夢中になりました。その頃から将来は作曲を本格的にやりたいと思うようになりました。東大工学部に合格してからも合唱団で活躍し、ますます作曲家になる事に憧れました。
 折しも大学は激しい学園闘争中で封鎖され、授業がなくなりました。それが機械工学→作曲家への道を加速させました。
 勿論家を継いで欲しい父親には勘当されかかりましたが、ひとまず工学部卒業まで妥協し、その後東京芸大の作曲科に入学、夢を実現させました。
 芸大では間宮芳生三善晃氏らに師事し、卒業後は作曲活動をしつつ、桐朋学園大学院大学教授、東京音楽大学客員教授も兼ねています。
 ウイキペディアでその代表作を見ているうち、有名な星野富弘さん(クラブ活動指導中に鉄棒から落下し、頸髄を損傷、手足の自由を失い、口に筆をくわえて花と詩を書き始め、多くの人々に感動を与えているクリスチャンです)の詩から作曲した混声合唱組曲「花に寄せて」(1985年)があるのに目が留まりました。
 その最後の歌詞は「ばら・きく・なずなー母に捧ぐ−」です。「淡い花は母の色をしている 弱さと悲しみが混じり合った 温かな母の色をしている 母の手は菊の花に似ている 固く握りしめ それでいてやわらかな母の手は 菊の花に似ている 神様が たった一度だけこの腕を 動かして下さるとしたら 母の肩をたたかせてもらおう 風に揺れるぺんぺん草の実を見ていたら そんな日が本当に来るような気がした」。ユーチューブで見る事が出来ます(http://www.youtube.com/watch?v=u1KrL6w6FlA)優しい曲です。涙が溢れて来ます。
 そんな素敵な作曲をする新実氏、谷川雁氏、長田弘氏、金子みすゞ氏、谷川俊太郎氏らの詩にも挑戦、特に朝日でも言及している故谷川氏については、新実氏が作曲してから、谷川氏が詩をつけるという形で「白いうた 青いうた」が出来上がりました(谷川氏の死で目標の100曲のうち53曲まで)。とても透き通ったきれいな歌です(http://www.youtube.com/watch?v=dqBgR-Xa4o8)。

 しかしそれら以上に、福島在住でその被災地から詩をもって皆に問いかけている和合亮一氏との出会いは大きかったでしょう。大震災直後の作品「詩の礫」に曲をつけた「つぶてソング」は、私たちに対して極めて大きな衝撃を与えます。新実氏は「震災から2年が過ぎ、原発の再稼働は当然みたいな話も出ている。でもね、原発の被害が片付いていないのに、そういうことを言っていていいんですか」と、忘却に向かおうとする私たちに曲を通し問いかけています。
 その第8曲「涙が泣いている」は、新実氏自身が熱唱しています(http://www.youtube.com/watch?v=LwVtcf8JqPQ)。こぶしを突き上げて!
 「…私たちは何をするのか もう一度 もう一度 福島を 東北を取り戻したい 福島を 東北を 取り戻したい」
 ペンだけでなく、こうした新しい曲をもって、福島の和合氏の叫びを訴えてゆく事もまた大切な仕事です。
 私の高校時代の友人もそうですが、東大工学部を出て別の道に行った人々の中にはなぜか魅力的な人が多いです。