ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

高校生の3分の2視力1.0未満

 「わたしはあなたに忠告する。豊かな者となるために、火で精錬された金をわたしから買いなさい。また、あなたの裸の恥を現さないために着る白い衣を買いなさい。また、目が見えるようになるため、目に塗る目薬を買いなさい」(黙示3:18)。
 2013年12月14日の朝日新聞に、上記の題の小さな記事が載っていました。

 調査したのは文部科学省で、今年の学校保健統計調査によると、裸眼視力1.0未満の割合が、高校生で実に65.8パーセントにも達し、ここ34年間で最多となったそうです。
 朝日のグラフでは、さすがにまだ幼稚園・小学校・中学校の生徒の視力1.0未満は少ないですが、将来そうなる予備軍だと見ています。
 文科省の分析では「ゲームやスマートフォンなどの影響が考えられる。周囲との明暗差が大きい小さな画面を長時間見て目に負担がかかっているのではないか」とありますが、別に「科学的に立証されているわけではないが」などといった前置きは必要ないと思います。私も街中を歩いたり、電車に乗ったりしますから良く分かりますが、そうしたものを長時間ずっと見続けて、乱視にならないほうが不思議だと思いますし、スマホから放出される磁力線が目に悪影響を与えない筈はないと、常識的に考えてしまいます。
 今この歳になって近視や老眼が非常に気になっています。これは加齢と共にやむを得ないとは思いますが、若い世代はもっと目を大切にしてもらいたいと思います。健全な読書や森林など青いものを眺めながらの散策で、目を悪くする事はないでしょう。
 スマホに凝っている人は長時間一体何に夢中になっているのでしょうか?インターネットやメールがほとんどだそうです。ネットなどはたから見ると、あちこち飛んでいますが、そうした情報は受け身で、決して脳に定着せず、考える力も生まれないと思います。
 それより皆が同じスタイルで同じ事をやっていて、周囲には全く関心がない、電車なら優先席に勝手に座っているという意識もない、完全な依存症です。
 日本の霊長類学・発達心理学者である京都大学教授の正高信男氏の『ケータイを持ったサル』(中公新書)という本が良く売れました。ただ正高氏は若者について非常に短絡的に考えるので、この本など氏の著作は随分叩かれています。別に氏に賛同するわけではありませんが、最近足の静脈瘤がひどく、電車では優先席に座らせてもらう機会が増え、そこに押し入って来る彼らの様子をつらつら眺めていると、限りなく「サル」のようだなと思わざるを得ません。和田秀樹氏の『「依存症」社会』を読んでブログを書いた事がありますが、このスマホ依存症の光景を見て、大切な目まで犠牲にしてしまう彼らに何か不気味なものを感じてしまいます。
 冒頭の聖句のように、目薬に象徴された聖書のみことばに立ち返り、神を知る人がこれからどれ程現われる事でしょうか。彼らに見る目があるなら、目に見える一時的なものより遥かに大切な事柄に、心を傾注させると思います。