ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

戊辰戦争開戦から150年

 「また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました」(エペソ2:16)

 福島に3年前引っ越して来て、初めて地方紙福島民報を購読するようになった。全国紙は毎日新聞くらいだった。一昨年の暮近く、この勿来に朝日新聞の営業所が出来たので、比較の為替えてみた(*私は長年にわたり朝日の購読者だった)。そうしたら双方に長所・短所があるのが分かった。それなら両紙をと考えるところだが、貧乏人の私としては二者択一しかない。福島を良く知るには、朝日の地方版は記事が少な過ぎるので、福島民報を読んでいる。

 最近思うのだが、この民報は随分会津からの発信記事が多い。その会津と言えば、勿論戊辰戦争の激戦地で有名。白虎隊の名前は、私たちの記憶から過ぎ去る事が無いだろう。

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 2015年7月1日、二本松でのきつい除染作業から解放された日曜日、初めて会津若松駅まで電車で行き、鶴ヶ城も見て来た。ぐるっと回ったけれど、時間が無くて白虎隊の墓など見学出来なかった。福島移住に関しては、会津周辺に安い物件が集中していたので、雪が多いこの地域を一目でもと思った次第である。写真の左側に白虎隊士の像が見える。

 今年は戊辰戦争開戦から150年経つ。長州出身の現首相は勿論、明治維新から150年と言うだろう。日本近代国家の始めという意味で、政権側は祝賀ムードだそうである。官軍と戦った東北の諸藩は「賊軍」なのだ。

 しかし山本義隆氏は『近代日本百五十年ーー科学技術総力戦体制の破綻』の中で、庶民の目線からすれば、それはおよそ祝される歴史ではなかった、という事をつぶさに述べている。その最後に福島第一原発事故を挙げ、科学技術幻想の終焉と位置づけた。nankaiさんも繰り返し同じ主旨の事を述べている。

 昨年12月31日の福島民報では、民族学赤坂憲雄氏が、今なぜ戊辰戦争150年なのかを明快に述べていた。それは東北からの反撃なのだ。赤坂氏は東京都出身、私も身近に感じる存在である(*別に偉そうに言うつもりは微塵もないが、もし学区を当時住んでいた調布市に戻したら、同じ都立高校に行ったかもしれないほど)。なにが違うのか?私は大学4年の始め頃までは、「明治維新150年派」だったし、福島第一原発が起こるまでは東北にほとんど関心がなかった。

 しかし赤坂氏は違う。現在福島県立博物館の館長を務める。そして何より「東北学」の嚆矢とも言うべき人物である。

 赤坂氏はこう言う。「『明治維新百五十年問題』に対して、きちんと鎮魂をしてこなかったことが最大の問題だ。会津でも戊辰戦争で亡くなった人たちの遺体が埋葬されなかった…たまたま敗者となった人への敬意、鎮魂、痛みを認めなかった。あまりにも希薄だった」

 なるほどそうだなあと思う。沖縄然り、日清、日露、太平洋戦争も然りである。沖縄は現在も残酷な目に遭っている。

 救い主イエス・キリストでも、「その死体を次の日まで木に残しておいてはならない。その日のうちに必ず埋葬しなければならない。木につるされた者は、神にのろわれた者だからである。あなたの神、【主】が相続地としてあなたに与えようとしておられる地を汚してはならない」(申命21:23)とあるように、群衆から支配者に至るまで、全ての人による呪いのもとに置かれ、十字架にかけられたにもかかわらず、丁重に埋葬されたのだ。

 福島や東北では、いまだ戊辰戦争による心の傷が癒されていない。だから薩摩・長州に対する恨みツラミは深い。

 赤坂氏は「会津にいると戊辰戦争は終わっていないと気付く」と言い切る。「つい最近のことだと感じる」とも。

 この敵意は続く。しかし和解策はある。上記聖書個所で明白なように、十字架で死に、埋葬され、三日目に甦られた救い主イエス・キリストを信じる事によってである。

 福島での元旦を迎えるにあたり、大切な事を学んだ。