ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

ADRをなぜ東電は拒否し続けるのか

「そればかりでなく、私たちのために今や和解を成り立たせてくださった私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を大いに喜んでいるのです」(ローマ5:11)

 ADRとは「裁判外紛争解決手続」の事だそうだ。英語で見ると、Alternative Dispute Resolutionとある。英語も訳語としての日本語もやや難しい。

 原発事故を契機によく見かけるようになった。平たく言えば、政府の設置した原子力損害賠償紛争解決センターが、東電と訴えた被災者との間に入り、話し合いで和解を促す制度という事だろう。

 東日本大震災の時、首相と東電との間は険悪の関係だったと思う。

 しかし現首相と東電との仲は?と言えば、首相があくまで原発を捨てないので、蜜月の関係だと言ってよい。

 原子力損害賠償紛争解決センターそのものは、2011年9月から活動を始めたそうだ。発足当時の首相は自民党ではなく、民主党のK氏からN氏に代わる時だったので、発案はK氏か?。

 以後自民党が権力を握ると、東電もその系譜の人たちが多かったから、いわば仲直りとなった。「この日、ヘロデとピラトは仲よくなった。それまでは互いに敵対していたのである」(ルカ23:12)。

 しかし最近東電はADRの和解案を立て続けに拒否している。賠償すべき範囲や金額について、目安となる中間指針なるものがあり、東電はそれに固執し、増額は出来ないと冷たく突き放す。

 その事態を憂慮した(かどうかはわからないが)政府は、経済産業省を通して、東電が誠実に対応するよう指導したと言う。同じ穴の狢(というより狸)ではあるけれども、ここは東電が高慢になっていて、訴訟団や支援者、世論の反発を無視しているため、政権にとっては、それが次の選挙に悪い影響を与えるのではないかと懸念したと推察する。

 3月2日の朝日新聞デジタルサイトでは、原電第二原発再稼働に対して、東電が1900億円を支援するというのは事実だと報じていた。被災者に対する賠償額をケチって、原発再稼働に金を投じる企業倫理の無さにはあきれるばかりだ。

 その点で聖書の神は、罪ある人を見逃しにはせず、ご自身との和解の為に、仲介者として、救い主イエス・キリストをこの世に送って下さった。十字架で自ら私たち人間の為に大きな代価を支払って下さったのである。原子力損害賠償紛争解決センターという仲介者が、被害者の為に自らお金を出す事など考えられない。ただ神の御子だけがそれを遂行された。だからこの方に委ねて救いを得た時、私たちは大きな喜びに包まれる。その方への信仰という一点だけで、私たちの前途に道が開かれ、困難を乗り越えて行く事が出来る。罪の為に罰を受けた「被災者」が、賠償金など神に求める資格は一切ない。だから神からの一方的なプレゼントを、恵みとして受け入れ喜んで生活出来るのだ。