ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

福島第二原発の廃炉はよかったが。

「もし、私が金を自分の頼みとし、黄金に向かって『私の拠り頼むもの』と言ったことがあるなら‥これもまた、裁判で罰せられるべき不義だ。私が、上なる神を否んだのだから」(ヨブ31:24,28)

福島第一原発の悲惨な事故に遭遇した福島県人は、その全4基の廃炉だけでなく、楢葉町富岡町に跨る福島第二原発の全基廃炉をも、東電に要求し続けて来た。

これまで県知事らの執拗な訴えに対して、東電社長はその廃炉を臭わせる発言をして来たが、極めて曖昧、いわゆる東大話法のような表現であった。

それでやっと7月31日、全基廃炉の正式発表となった。福島だけでなく全国の原発廃止を求めて来た人々は、皆一様に安堵したと思う。

しかし廃炉など考えても来なかった大半の技術者は、この廃炉に伴う様々な派生的問題で、頭を悩ます事になった。

第一原発で注目を浴びたプール内使用済み核燃料をどうするかという問題が一番大きい。既に何度も言われている事だが、このトイレなきマンション、ここで深刻な問題に直面する事になった。

一体どこにどう保管するのか?知事は第二原発の全ての敷地内一時保管を容認した。しかし県外への搬出を早期に実現させるようにも求めた。しかしそれは事実上不可能である。福島を除く都道府県でそれを受け入れるなどという自治体がある筈はない。地域エゴの問題ではない。神なき物理学者、技術者、関連企業(特に東電)等々が勝手に推進してきたのだから、当然彼らが責任を負うべきである。「こういう者ははたして生きるだろうか。彼は生きられない。これらすべての忌み嫌うべきことをしたのだから、必ず死ぬ。その血の責任は彼自身にある」(エゼキエル18:13)。現代の「忌み嫌うべきこと」は、当然原子力産業である。レアメタルの領海内保全などというより、そこに保管の基地を作らせるのも、今となっては苦渋の選択かもしれない。

その保管の方法だが、現在は熱を冷ます為にプール内で実施するだろうし、それから進んでキャスク(=使用ずみ核燃料の輸送容器兼保存容器)に詰める事になるそうだ。東海第二原発で、その乾式キャスクなるものの安全性が、大いに宣伝されている。そんなに安全なのか。「実に彼らは、平安がないのに『平安』と言って、わたしの民を惑わし、壁を築くとすぐ、それに漆喰で上塗りをしてしまう」(エゼキエル13:10)。キャスクは漆喰で上塗りされた容器のように見える

第二の問題は廃炉により、楢葉・富岡の両町は、「電源立地地域対策交付金」が国から入らなくなる事だ。私たち部外者にはあまりよく分からないが、両町にとっては切実な問題である。3・11で止まった後、この廃炉申請までの時点で、国から年間約十億円が交付されていたという。それで楢葉町長は「交付金がなくなれば町財政が立ちゆかなくなる」と断言している。

既に第一原発事故による廃炉で、双葉町大熊町に対して東日本大震災からの復興交付金が出ている。一方状況が異なる第二原発では、富岡・楢葉町で電源立地地域対策交付金が、段階的に減らされ、10年後にゼロとなるそうだ。

それに対して富岡・楢葉の町長らは異を唱えている。国が責任を持って新たな財政支援制度を作るのは、原子力政策を推進してきた以上、当然の責務であるというわけだ。

勿論そうではあるが、安易に考えると、今後も両町は国の隷属となってしまう。寄り頼むのは、国は勿論そうなのだろうが、本当はまず第一に、出来る限り自分たちで復興の努力をし、国の頻繁な介入を止めさせるべきだと思うのは、私の空論だろうか。

今回視察して来た場所には、楢葉町の商業施設「ここなら笑店街」も含まれていた。開業から1年以上経過し、利用者は50万人を超えたという。帰還住民の生活をがっちりと支えているようだ。楢葉町で現に町内に住んでいる人の率が、震災後初めて5割を超えた。さらなる帰還を目指し、国に全てを委ねる必要があるというのは、ちょっと残念な思考だ。「いつか来た道」にならなければ良いが。